アロマな一日


愛しい其の声に呼ばれ、振り向きました。

え・・・?

声は確かに愛しい琥珀さんなのですが、其れに鼻も、物凄く胡散臭いのは何故でしょう。
横に菅原(時)さんを連れて居る、というのもあるのでしょうが、物凄く胡散臭いのです。
髪が、私の愛しい琥珀さんの象徴が、見当たらないのは

何 故 で す か 。

「あっははっはっはーっ!馨さん凄い顔してるー!」
「だから云ったろ?加納元帥は気付かないって。」
「あたしの負けね。仕様が無いから奢るわよ。あーあ、オカマに奢るなんて。」

ワタクシが胡散臭いと思った理由は二つ御座居ます。
一つは菅原さん。軍服或いは女装姿の彼しか見た事の無かったワタクシは、こうしてきちんと戸籍通りの格好をした彼を彼と認識出来無かったのです。
もう一つは琥珀さん本人。
ワタクシは正直、髪の色でしか判別出来て居ないに違いありません。金髪でも茶髪でも無い、琥珀色。其の髪を持つ人間が、此の日本に彼女以外居りますでしょうか。絶対に居ないと、ワタクシは断言致します。
其の髪が、漆黒の鬘に覆われていたのですから、無理も無いのです。
重たい前髪で額は隠れ、其れ以外は真直ぐ腰迄伸びております。
はっきり申しましょう。違和感しか御座居ません。
似合わない訳では無いのでしょうが、こんな琥珀さんは琥珀さんでは無いのです。此れでは漆黒さんでは御座居ませんか。

「琥珀色の髪ですから、琥珀さんなのですよね?」
「違います。ダディの子供だから琥珀さんなのですよ。」
「あはは、何其の会話。馬鹿女は馬鹿女だろう。あはははは。琥珀だ何て、おこがましい。」
「一寸、全国の琥珀さんに謝りなよ。」
「何云ってんだよ。琥珀って名前がおこがましいんじゃなくて、馬鹿女に琥珀って名前が付いているのがおこがましいって、俺は云ってんの。」

ぐうの音も出ないのか、琥珀さんは黙り、悔しそうに頬を膨らませております。其の顔は、嗚呼、知っているワタクシの愛しい琥珀さんの顔です。

「何よ!あんた何か珍獣の癖に!」
「はぁあ!?俺が珍獣?御前こそ欧羅巴の珍獣だろう。」
「そう思うならもっと愛でてよ!珍しがって大事にしてよ!」
「珍しがってるだろう、可哀相な変な女だなぁ、嗚呼ナンマイダーって。」
「其れは、珍しがってるんじゃなくて、哀れんでるんでしょう!?」
「おお、良く判ったな。スゴイスゴーイ。スゴイデスネー、コハクチャンハー。」
「黙り為さいよ!オカマ!」

ふん、と琥珀さんは鼻を鳴らすとワタクシの腕にしがみ付き、菅原さんに向かって思い切り舌を出しました。

「国に帰れ!オカマ!えーっと、何処だっけ…」
「は?御前こそ帰れよ。英吉利に。」
「あんた、何処から来たんだっけ…」
「何云ってんだ。俺は生まれも育ちも日本だよ。」
「嘘!絶対嘘!あたしが日本に来た時、あんた居なかったもん!行き成り現れたんだもん!つい数ヶ月前に。」
「菅原さんは、独逸ですよ。」
「嗚呼!そう独逸!独逸に帰ってアムール野郎と戦争してろ!軍医なんておこがましい!」
「ぐ…っ何だと…?俺だって独逸に帰りたいさぁあ!でも帰らせて貰えないんだ!判るか!此の気持!」

此の気持、と彼は言葉を詰まらせ、大きな目を細め、口を震わせ始めました。すると行き成り空を見上げ、うわんと泣き出したのです。ワタクシ、ドン引き。流石に云い過ぎたかと、琥珀さんは私から離れ、必死に菅原さんを宥め始めました。

「御免ね、御免ね。一寸云い過ぎたよ。」
「御前なんか嫌いだぁあ!紅茶誤嚥させて死ね!」
「御免ね時一、あたし紅茶飲まないんだ。」
「もっと死ね!うわああん。」

二十歳の男が、十五歳の女に慰められている等、何と悲しい光景でしょうか。しかも、先に悪態を吐いたのは彼。泣きたいのは琥珀さんでしょうに。
彼がわんわんと泣き、必死に琥珀さんが宥め、ワタクシが呆れていると、又一つ声が増えたのです。




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