アロマな一日


初夏の青空に良く似合う御召し物をした、嗚呼、

時 恵 様 !

日傘をくるくる、何と愛らしい御姿でしょう。とても年上(三十歳)には見えません。

「如何したの?時一。」
「姉上!」

彼は琥珀さんを振り払うと時恵様に泣き付きました。苛められた子供が母親に報告をしている様な、そんな光景に見えて仕様が御座居ません。ぐしぐしと両手で目を擦り、ワタクシには到底聴取不可能な言葉で申しています。其れでも時恵様は、あらあらそう、と理解しておいでです。
一歩、又一歩、ゆっくりと琥珀さんは後退し、ワタクシの横を少し過ぎ、逃げ出そうとした時「琥珀」そう呼ばれ小さく悲鳴を漏らしたのです。

「ま…魔王様降臨…」
「一寸、いらっしゃいな。」

其の笑顔は、ワタクシ迄をも恐怖に落としたのです。琥珀さんは又ワタクシにしがみ付くとがたがた震え、怖い怖い、と蒼白しております。仕様がありません。

ワタクシとて失禁しそうな程怖いのですから。

彼女の震えがワタクシに伝染し、二人揃って此の清々しい青空の下恐怖と戦っております。此処だけでしょう、とても寒いのです。

「加納様、琥珀を、渡して頂けますかしら。」
「えっ!?ええ、まあ、其れはそうしたいのですが…」

仮にもワタクシは彼女の婚約者です。そう易々と、易々と、易々と…

「琥珀さん、行くのですよ…」
「ぇええ!?売った!?馨さん、あたしを売った!?」
「怖いのです、本当に怖いのです、時恵様が…」

所詮ワタクシは、低俗な狐風情に御座居ます。時恵様に歯向かう事は、陛下に足を向けて寝るのと同じに出来無いのです。
所詮ワタクシは、馨しいアロマな男なのです。潮の香りしかしませんが。全く以て馨しくは御座居ませんが。

「宜しくてよ、加納様。」
「はい…」
「嗚呼!酷い!売ったわね!婚約者を魔王様に売ったわね!?此の悪魔!魔王様の手先!」
「ワタクシは、修羅です。悪魔では御座居ません。」

先刻迄泣いていた菅原さんは、けろりと嘘の様に楽しそうにあくどく笑っておいでです。

「ざまあ御覧遊ばせ、馬鹿女!あてくしを泣かせた罰よ!ほーほほほほ。」

其の格好で、其の口調は御止めになった方が宜しいかと。琥珀さんの黒髪より違和感が御座居ます。
ふと時恵様と目が合い、いけません、鼻血が出てしまいそうです。

「加納様。」
「はい。」
「少し、しゃがんで頂けますかしら。」
「こう、に御座居ますか?」
「ええ。」

・・・・・・・。
今死んでも良い。

「あー!」
「嗚呼!姉上!」
「アーッ!轟沈しそうだ!」
「ふふ。アロマ轟沈。」

ア ロ マ 轟 沈 !

全く以て其の通り。ワタクシ轟沈致します。時恵様に、褒美として頭を撫でられ、生きてゆけますか。ゆけないでしょう。

「玉に砕けゆ!玉砕!」

青空に向かい、私は声高々叫んだのです。




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