浪漫スタヰルの発祥


独逸に居る時は、そんな過去等忘れて居た。そして、渡独時暫くは袴を履いて居た俺だが、気付いた時には靴を履いて居た。
そんな俺が日本に戻り、再度姉の着せ替え人形になった時、悶絶した。
鼻緒が痛くて仕様が無いのだ。
如何せん、五年以上鼻緒がある物を履いて居なかった俺は、草履を履く事が不可能であった。
其処でふと考えたのだ。
履いて居たブーツを、草履の代わりに履いたのだ。其れは何だか不思議な感覚で、しかし、通行人が其の異様な俺の姿を振り返り見るのだ。丸で見世物の様で、昔の、嫌な記憶が頭を締め付けた。
だったらと俺は、ブーツが霞む程の原色の着物を着、大量の装飾品を付け、頭には凡そ尋常では無い大きさの鬘を付けた。
他人の視線を、足元から頭に向けた。
其れが、最初だった。
在る日、俺は声を掛けられた。俺の風貌はとても奇抜で、編者の目を引いた。
「戦争戦争で、暗い話題ばかりじゃない。だからさ、君の其の格好は、明るくて、良いね。靴だと逃げ易いし。」
そう云われ、写真を撮られた。
荒んだ、暗い世間だった。だからだった様思う。俺の姿は、忽ち荒んだ少女達の心を掴んだ。
其の、俺が一瞬考えた姿は、少女から少女へ、人から人へ伝えられる毎に、俺では到底考え付かない派手さを帯びた。帯揚げの代わりに兵児帯を使い、ふわふわと金魚の鰭の様に揺らぎ、少女達は泳いだ。帯びの結び目は後ろと云う常識を覆し、頭には大輪を咲かし、或いは帽子を被り、ヒールの音を響かせ、其の濁った世間を泳いだ。
父が考案した姉の着せ替え人形は、一度独逸に渡り、少女達に大量生産された。

「其の格好、一言で表すなら、何?」
「浪漫だよ。」
「浪漫…?」
「日本の甘美な夢と独逸への冒険心を、馳せた姿だよ。浪漫だろう?」
「成程、浪漫だね。」

荒んだ俺が荒んだ少女達に見せた、一時の豪華絢爛な浪漫。だから俺は、姉が飽きた着せ替え人形であるにも関わらず、女の格好した。
独逸への思い。存在したい世界に存在出来無いもどかしさ、腹立たちさ、だったら一層、違う世界に存在し様。日本でも、独逸でも無い、そう、浪漫な世界。
俺は其の世界に、存在した。

「だからね、雅さん。俺は女になりたい訳じゃないんだ。」
「現実逃避、か。私と、何だか似て居るな。」


浪漫スタヰルは、現実逃避の表れさ。




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