恋をやめた理由


父親の女好きは、確かに遺伝した。其れも色濃く、女と寝る度親父の子だなと痛感した。
女を初めて知ったのは十二歳で、相手は年上と云う事だけ知って居た。女を初めて孕ませたのは十四歳の時で、此れも年上。年下が嫌いな訳では無い、こんな粋がる子供を相手にするのは、暇を持て余す余裕しゃくしゃくの年上と相場が決まって居る。馬鹿な俺は、馬鹿な女を弄び、孕んだら馬鹿みたく捨てた。親父にはこてんぱんに殴られるが、其れで改心する筈も無い。益々酷く為る一方で、俺を溺愛する母親からも「父親以上の下衆外道だね」そう云われた。
ならば下衆は下衆らしく外道貫こうでは無いか。
湧き出る水の様に水子を増やして行った。今自分が一体何体の我が子を背負って居るか、計算も煩わしく為った十七歳の梅雨の時、出会った。
彼女は今迄の女とは違って居た。確かに、声を掛けた俺を見るなり「可愛いじゃないのさ、坊や」とは云った。云ったが、他の女みたく、厭らしさは微塵も無かった。たったそう一言云っただけで、自分の世界に戻った。酒と煙草を交互に、英文の本を読んで居た。
「何の本?」
「坊やには、未だ早いわよ。」
視線も合わせず云われ、紫煙と一緒に頁を捲った。
「俺、坊やじゃないんだけど…」
自惚れだが、俺を相手にしない女にむっとした。
女は「そう」とぶっきら棒に放ち、英文を追って居た。瞬きが繰り返される度揺れる睫毛、其処に化粧はされて居なかった。化粧気も無い、長い髪を後ろで一つに束ねただけの、正直芋だった。なのに俺は惹かれた。
相手にされないのに、俺は横に腰を落とした侭、彼女の捲る紙の音を聞いて居た。其れが彼女の呼吸である様に。
「名前、聞いて良い?」
「駄目。」
低く呻き、グラスを口にした。
幾ら静かとは云え、酒場で読まずとも良いだろうと思う。
そんな俺の気持は表情でしっかりと表れたのか、俺の酒を作って居たママさんが云った。
「家で読んだら、煩いんだと。」
「何で?」
「親父が録で無し。本を読む暇があったら家事をしろだとよ。」
「だから母さんに捨てられたんだ。」
彼女は口を挟み、視線其の侭で空のグラスを軽く弾いた。ママさんから渡されたグラスに口を付け乍ら煙草を探した。然し何処にも無く、一旦椅子から下り、蝶ゝみたく袂を揺らしたが軽かった。
「煙草忘れた…」
「あらま坊ちゃま、御間抜けさんねえ。」
「一箱付けて。」
伝票に煙草一箱の印を付け、渡された。すると女はこう云った。
「坊やじゃない筈だわね、坊ちゃまだもんね。」
自分の咥える煙草より先に俺の煙草に火を点けた。
「なら益々断るよ。道楽息子は嫌いでね。」
マッチの燃え粕を吸い殻の溜まる灰皿に捨て、灰は少しテーブルに落ちた。俺も含め、他の客の灰皿は二三本吸い殻が溜まると新しく取り替えられる筈が、彼女の灰皿は山盛りだった。
「其れが、“粋”らしいよ。」
ママさんは云った。
文豪の灰皿は奇麗か?答えは否。
故に彼女は灰皿を吸い殻で一杯にして居た。




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