アンティークな時間


私は骨董品等に興味は無い。大概日本の骨董品と云う物は、掛け軸であったり壺であったり、茶器であったりと、色気が無い。何処そこの水墨画等、便所紙にして仕舞え、とさえ私は思ってる。
女が興味そそる物等、無いのだ。其れは、次兄の妻である雪子さんも云っていた。私だけでは無い。
父は大の骨董好きで、私達には凡そ判らない品がある。家には北の倉の他に、一々行くのが面倒臭いからと云う理由で、十畳程の物置が階段下にある。
此処に、父の残した訳判らぬ品があるのだ。
私は常々、此処をがらんどうにしたら気分良いだろうと、目論んで居る。がらんどうにして何をするとはか決めて居ないが。
父以外、骨董に興味は無いのだ。長兄も次兄も弟も、全く見向きしない。此の十畳の物置、ゴミしか無いのだ。
なので私、ちょいと気分良い時に、雪子さん引っ張り掃除した。
「何ですの…?此の…」
訳判らぬ言葉が陳列する掛け軸、汚い。触るのも嫌だ。
私に価値は判らない、判らないので骨董商を呼んだ。骨董商は、十畳のごみ箱を見る為り「宝の山だ」「流石は閣下」「素晴らしい」と涎垂らした。
「全部持って行って下さいまし。」
「全部、ですか…?」
骨董商、そんなに現金を持って来て居ないのだ。然し私は、私達は、ゴミを捨てたいだけで、金等要らぬ。寧ろ、金を払ってでも引き取り願いたい。
骨董商は狼狽し、飄々と“ゴミ”と吐き捨てる女二人に汗を吹き出した。
「御言葉ですが、和室は御座居ますか…?」
私達は顔を見合わせ、「無人の三邸が日本家屋」と云った。
「嗚呼でしたら奥様方、此の掛け軸は、其方の床の間に御掛け下さい。」
何を云ってるんだ、此の判らんちん。今、“無人”と云ったでは無いか。
「人の話、聞いてまして…?」
「此の著者は、国宝に指定された方でして…、既に没し…」
だから何だ煩い骨董屋め。国宝だろうが何だろが、無人の床の間に飾って何に為る。誰が見るんだ、判らんちん。御前が毎日見に来るのか、判らんちん。
「此れだけは其の、大事に…」
ね…?、と骨董屋は上目で私を見る。其れが物凄く気持悪く、男の上目遣い程公害は無い。某海軍元帥の様に見下す目の方が、何かを得られそうだ。
「時恵さん…」
「雪子さん、貰って下さいまし。」
「いやぁ…」
骨董屋と私の押し付け合いから、私と雪子さんの押し付け合いに変わった。可哀相な国宝である。女の手に掛かれば、国宝等、所詮そんな程度にしか為らない。
そんなに凄い物なのか、此の掛け軸。私には全く判らない。何と書いてあるかも判らない。判らないのに何故飾る必要がある。こんな判らない人間に持たれるより、「素晴らしい」と認めて呉れる方に掛けて貰った方が掛け軸も喜ぶと云う物。
然も此の掛け軸、主人の給料より高いと云う。萬だ、萬単位だ、此の……汚い掛け軸は。
「だって…ねぇ…。雪子さん…、此れ。」
持つのも嫌な方汚い。ひょいと上の方と親指と人差し指で摘んだ。
「汚いですよね。」
等々雪子さんは云って仕舞った。私はあはあは笑ったが、骨董屋は怒った。
「何と云う方だっ」
「だから差し上げると、ね。」
「其れよりも、此のヴァイオリン直せませんか?」
雪子さん、此の汚い国宝掛け軸より、没した次兄の壊れたヴァイオリンの方が気に為る様で、掛け軸よりも大事に持った。
値打ちとは、人の心で決まるのだ。
雪子さんには、国宝掛け軸より壊れたヴァイオリンの方が、上。
骨董屋は顔を真っ赤に「私は骨董商ですっ」と捲し立てる。そんなの知ってる、だから呼んだんだ、此の判らんちんめ。
「長男が、弾きたいって云うもんですから、直せないかな、と。」
「まあ、一幸君が?血は争えませんわね。」
「楽器屋にでも頼んで下さいっ」
何をぷりぷりして居るんだ、骨董屋。一方女は暢気である。
骨董屋は汚い掛け軸以外引き受けると小切手を切り、金額にあはあは又二人で笑った。
「こんなゴミ山が二萬ですって、雪子さん。」
「あはあは。」
「ゴミじゃないですっ」
「あはあは、面白いですわ。」
「あはあは、面白いですね、時恵さん。」
ぷりぷり怒った骨董屋の御陰で、随分とすっきりした。掛け軸は丸めて又箱に仕舞った。帰宅した主人に其の掛け軸を見せたが、首を傾げられた。そして矢張り「こんな汚い紙が萬単位?」「世の中間違ってる」と云った。
そんな訳ですっきりとした物置、次兄の不要品が未だ残って居たので、此れは纏めて捨てた。飽きた服等、誰が欲しがると云う。でも一応、質屋を呼んだ。此れも金に為った。
物置に残ったのは、第二夫人の椅子と宝石と、父の汚い掛け軸だけである。
がらんどうに為った物置に喜び、大金も手に入った。
あはあは笑った。




*prev|1/3|next#
T-ss