史上最悪のヴァーデゥル


マウリッツの前では萎縮する御子息だが、笑うと物凄く可愛い。垂れた目が窄まり、卑怯だ、こんな天使、可愛く無い筈が無い。
可愛いね、と本心云うと、欲しいなら如何ぞ、本心で返された。本当に攫って遣ろうか、此のマリファナ野郎。俺の方がずっと大事にして遣れる。
そうは思うのだが、王室の親子関係等何処の国も似たり寄ったりだ。権力の為に子供を為す―――王室には当たり前の日常だ。マウリッツは過保護に過保護を重ねた環境だったが、マウリッツの兄は彼と何等違いの無い扱いを受け育った。現王配はマウリッツの誠の父親だが、兄の父親では無い。風当たりは強かっただろう。
母親の愛を兄弟の誰よりも受けた俺には、当たり前だと感じる彼の気持も、其れが当たり前にされる環境も理解出来無かった。
「何したい?」
此れは通じたらしく、盛り上がる頬を蒸気させた。
「ヘンリーぃ、放っとけばぁ…?」
途端に暇に為ったマウリッツは一人でトランプ遊びに興じる。放って於けと云われても、父親に遊んで貰いたい一心で、怒られる事覚悟で来た彼に、俺迄知らん顔をしたら、じゃあ一体誰が彼を慰めると云う。
そんなの非道だ。ローザは犬と子供には優しいんだ。
「大丈夫、“プリンス”の扱いには慣れてる。」
「嗚呼、ヘンリーの所も男の子だったねぇ。」
「此れが姫だったら、一寸考えたけど。」
マウリッツ王子、君の扱いも慣れた物だろう?
妃はブロンドなのだろう、栗色の頭を撫でた。目はマウリッツに似たのか、色素は濃い。此れで色素が薄かったら、将来ど豪い男前に為るだろう。
何て……俺の相方を思って見る。
「さてさて王子、何が御所望ですか?」
「マリファナぁ。」
「君には聞いてないよ、マウリッツ王子。」
「ええと…」
マウリッツとは違い、遠慮がちな声。想像ではもっと、昔の俺みたく女の子に近い声だったが、随分と低かった。
余談だが、俺は幼少時代、女の子としか思われ無かった。
「御父様。」
「何?」
近付いた彼を一瞥しただけ、マウリッツは窓を見て居た。
「ボール、ありますか?」
「ボール、ねぇ…。此処でする気かなぁ?」
「外で…」
「ならあるよぅ。」
引き出しからマウリッツは倉庫の鍵を出す。
「多分あるよぅ。」
渡された鍵を俺は握り、彼を見た。
「御父様は動く気配が無い。ボールがあったら、君にぶつけて良いかい?」
「ライフルの弾が飛ぶけど良いかなぁ?」
「行こうか…」
駄目だ此の父親。完全に父親としての職務を放棄して居る。まるでキースみたいだ。
「何をしたい?キャッチボール?」
「サッカー…」
「サッカー?サッカー好きなのかい?」
マウリッツは“英語が判らない”と云って居たが、ある程度の英語なら彼は判るらしい。俺と会話するには充分、子供相手にそんなに会話をする必要は無く、第一彼はかなり口数が少ない。
サッカーをする事に為り、キース程上手くは無いがまあまあ出来る俺は彼の手を引いた。
然し、だ。
“サッカー”と聞いた瞬間、マウリッツの目の色は代わり、窓から逸らした。
「サッカー…?」
「お、反応した。するかい?」
「冗談じゃない………っ」
行き成り声は荒がり、椅子から立ち上がった。
何でもマウリッツ、サッカー等此の世から消えたら良いと思う程嫌いらしい。身の毛も弥立つ単語に顔は痙攣して居る。
「サッカーは止めてさぁ。」
笑顔は張り付けられた。
「そうだよねぇ、遊んであげるよぅ。」
彼の顔は明るく為るが、俺は轟々と渦巻き始めた水を知った。
「マウリッツ…?」
「ゲームだよぅ。」
「ゲーム、ですか…?」
「何、凄く簡単なゲームだから、御前にも判るよぅ。」
「何のゲームだい…?」
不安が渦巻く。汚泥が流れる。
マウリッツはにんまり笑い、たった一言、


「御前の父親は誰でしょうゲーム」


と溜まりに溜まった汚泥を吐いた。
彼はきょとん目を丸くさし、俺は的中した不安に笑顔の侭凍り付き、瞬きを繰り返した。
「ええと…」
彼の小さな人差し指はマウリッツに向く。
「んー、多分外れぇ。」
「マウリッツっ」
澄んだ水は一瞬で茶色と為り、暗黒な空を映す。
「似てないとは思ってたけど、此処迄僕に似てないとは思っても見なかったよぅ。」
「マウリッツ…好い加減にし様か…」
「ゲームの答えは、彼女にでも聞いてねぇ?」
汚泥は流れる。煌びやかなドアーから、静かに流れる。
「マウリッツっ、一寸待てっ」
放心する彼を其の侭、マウリッツの後を追った。
マウリッツ、君って奴は本当に、史上最悪の父親だよ………。




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