類似点


「井上はんとうちて、よぅ似てはるわ。」
嫌かも知らんけど、紫煙を上げ乍ら宗一が呟いた。井上は表情一つ変えず、話の続きを待った。
別に嫌では無い。かと云って好ましい訳でも無い。似ているなら似ている、其れで良い。何とも思わない。けれど、何処が似ているのかは気になった。
「井上はんって、自分にはとことんマゾヒストですやろ。」
井上は笑った。
確かに云われてみたらそうかも知れない。
「何?其れが似てる訳?」
「うーん。うん。」
井上は笑う。
「自分苛めが楽しくて仕方無い。」
「うちもうちも。」
「此れでも最近マシになったぜ。」
「せやろなあ。井上はん、欝やろ。」
「あはは。かもな。」
「欝って最高や。」
云って宗一は袂を捲った。白い腕に薄く伸びる白い跡。
「へえ。菅原先生は素敵な趣味を御持ちだったのか。」
其の白い跡を霞ませる、深く刻まれた薄い変色跡。
「医者がしたら死ねるだろう。」
「せやなあ。死ねる、思たんやけどなあ。感覚が鈍なっただけやったわ。」
「鈍くなった?」
井上の問いに宗一は薄く笑った。
「血管だけや思たら、何や神経迄行ってもうてたんや。」
「神経って、結構奥に無ぇか?」
「可笑しな話や。其れもよぅ判らんとなってたわ。」
「普通、死なねぇ?」
「普通、はな。うちは普通や無かったから。」
井上は腕から顔を上げた。
「何時の話だ?」
「一番最初に独逸行った時。周りは医者だらけやから、こうして今も生き長らえさしてもろてますぅ。」
「結構な話じゃねぇか。」
「ほんになあ。」
遠くを見詰める宗一。優しい其の目は微かに濡れていた。
「井上はん、身体は綺麗やけど、結構自殺歴あるなあ。」
「何、其処迄調べてる訳?」
「うちを誰や思てはるの。」
「御見それ致しました。」
「今迄何ぼしはった?」
垂れた目が一層垂れる。
井上は首を傾げ、覚えていないと云った。
「服薬はきつかったやろ。」
「あー。うん。」
「頭ぐるんぐるん回て、吐きたいのに吐けへん。」
「いやあ、在の時は死ぬかと。」
「ははっ。何でやの。」
「水は冷たいし。」
「電車は判別出来ひん。」
「飛び降りたら打ち身の骨折。」
「刃物は怖いし。」
「練達は気持ち悪ぃし。」
「ガスはホースが足りひんし。」
「火は熱い。」
「土は掛けてくれる人居てないし。」
「銃は玉切れ。」
「「なら生きてる方がマシっ!」」
二人は声を出して笑った。
「結局は其処なんやなあ。」
「だな。」
宗一は寝転がり、流れる雲を見詰めた。
「生きてるて、幸せやなあ。」
「嗚呼。」
「なあんもせんと、大好きな人間と笑える。其れだけで幸せや。」
「生きてりゃ良い事あるしな。」
「…………何?」
宗一の楽しそうな笑み。
「オネーチャンと酒池肉林。」
「あはははははっ!」
二人は幸福の溜息を漏らした。
聞こえる足音。
「珍しい組み合わせだな。」
「兄上、御迎えに上がりましたよ。」
大好き人間の大好きな笑顔。
宗一は身体を起こし、井上の顔を見た。
「ええ事、あるなあ。」
「だな。」
二人は腰を上げ、背を向け、違う方向に足を進めた。




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