馨しい雅俗


目覚めたのは昼前で、既に彼女の姿は無かった。裸で私はベッドに横たわり、自分が一体如何なったかを考えていた。
記憶は曖昧で、現実味が無く、けれど白い敷布には、昨晩の生々しさが残っていた。現実に起きた事を、私に鮮明に教えてくれた。少し湿った敷布は、彼女と、私の匂いがした。所々に付く血は、彼女の血か私の血か、良く判らなかった。
動くと少し、痛かった。
机に見慣れない紙が置いてあり、小さな文字が並ぶ。其処にはたった一言、有難う、そう記されていた。何の感謝なのか判らないが、其の言葉は、私の心を暖めた。
今日は水曜日で、布団を干す日だった。私は彼女を消す様に、真白い敷布を青空の下に干した。時間が経つにつれて湿った敷布は乾き、同時に彼女の存在も乾いた。
何も無かったのだ。
初めから、何も無かったのだ。
言葉通り兄は夕方に帰宅し、何時迄も干してある敷布を見ていた。兄が気付いたか、其れは私には判らない。
次の日の新聞に、彼女が死体で見付かったという記事が出ていたらしいが、私は知らなかった。
私は、彼女の名前を、知らないのだから。




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