狐と狼
和臣は紫煙を上げ、詰まらなそうに窓の外を見た。
「何時になったら、新しい海軍元帥は来るんだ?」
今日と聞いていた筈なのだが、和臣が基地に着いて一時間以上経つが未だ来ない。つまり、海軍側から伝えられた予定時刻より、一時間経っている。
「禄に時間も守れ無いのか。海軍は。」
煙草を強く消した時、静かにドアーが叩かれた。窓から目を移動させ、睨む。
「漸く御到着か。開けろ。」
和臣は頷いた。
門で見た白い物体は、成程、海軍元帥だった。にしては、何故一時間も。一体何をしていたのか。
軍服もだが、馨の顔も白い。色素が薄い、のでは無く血の気が引いている。蒼白し、唇の色迄無い。
和臣は紫煙を上げ、じっと馨を見た。誰も何も話さない。和臣の無言の怒りが伝わり、大佐は交互に顔を見た。
和臣は呆れた様に視線を逸らし、荒く煙を吐いた。
「謝罪の言葉も無いのか。」
其の言葉に顔は強張り、強く軍服を握り締めた。
「なあ大佐。」
「…はい。」
「海軍から伝えられた時間は、何時だった?」
額に噴き出る汗を拭い、大佐は云う。
「二時、です…」
「今何時だ?」
「三時を…過ぎています…」
和臣は組んでいた足を崩し、椅子から立ち上がった。
「帰れ。」
馨に背を向け、窓の外を見た。目に映る景色に、色は無い。葉の落ちた木を和臣は見ていた。
「申し訳…御座居ません…」
「聞こえなかったか。俺は帰れと云ったんだ。」
ゆっくりと和臣の顔が動き、其の目に馨は一層強張りを見せた。
「御前、門に居たよな。」
馨の目が動く。
「はい…」
「一時間も何をしていた。」
「其れは…」
馨は和臣の目を直視出来ず、俯いた。近付く靴音は、大きい。藍色の軍服が視界に入る。そう思ったら、頭が軽くなった。
帽子を払い落とされ、赤い絨毯に白が浮いた。
「元帥っ」
「黙り為さい。私の非ですので当然の事です。」
殴られるだろうと思い、馨は強く目を瞑った。
「御許しを、木島元帥。」
震える馨の声に和臣は鼻で笑い、身を屈め馨の顔を覗いた。
絡む視線。其の目に馨は身体を震わせた。
「狐、みたいな顔をしてるな、御前。」
「………は?」
馨は気の抜けた声を出し、和臣の顔を良く見た。
吊り上がった目、皺寄った眉間、通った鼻筋、薄い唇。
馨は息を吸った。
「木島元帥は、狼に似ていらっしゃいますね。」
私が狐と比喩されるのなら、と馨は云った。其の言葉。
和臣は笑った。
「狼か。」
和臣は小さく声を出し、又背を向け、静かに椅子に座った。灰皿に置いていた煙草は消え、新しく咥え、大佐を見た。
「狼だって。」
「左様で。」
「大佐は、如何取る?」
ゆっくりと紫煙を上げる煙草を一口飲み、近付いた大佐の口に置いた。
「狼は、群れを形成する。さて、俺は何だ?」
大佐は一口飲み、灰皿に置いた。
「勿論、アルファです。」
和臣は鼻で笑い、馨を見た。
「御前は如何思う。」
馨はじっくりと和臣を見た。
アルファ。
確かに元帥なのだからそうだろうが、馨はそう思え無かった。
リーダーを迫害された、繊細で深く傷を負った、孤高の。
「一匹狼です。」
馨の言葉に、和臣は薄く笑った。
揺らぐ紫煙。
「座れ。加納元帥。」
其の声に、身体が歓喜に震えた。
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