加虐ナ貴方、被虐ナ私


馬の尻尾に見える其の髪型。鼻歌混じりに上機嫌。煙草と酒と新聞。ふとした時に合う目。
「何よ。」
「いいえ、何も。」
其れが幸福。
どれ位の時間を要したか、乾いた音を立て、新聞は畳まれました。
貴方の其の詰まらなそうな目。
余程貴方の興味誘う事は無かった様です。
「何かありましたか。」
吸い殻で山を作った灰皿を捨て、灰が散る机を拭きます。氷の溶けたグラスの酒を流し込み、下らない事を嗤う息を漏らす貴方。
「あるかよ。」
連日、新聞に書いてある事は計り知れています。同じ事を書いて、一体何が面白いのでしょうか。
後頭部で高く結われた髪を解き、其の髪に私(ワタクシ)は美感を知ります。はらはらと髪が揺らぎ、背に肩に落ちました。
私は突然脈絡も無く云ったのです。
「前の髪型も好きでした。」
拳を作り、自分の右側頭部に置きました。今より長かった髪。
貴方は思い出した様に笑います。
「在の髪型ね。俺も気に入ってたよ。」
「では何故。」
切ってしまわれたのでしょうか。
眉寄せる私に、貴方は少し、嗚呼、其の意地悪い笑みを向け、呼びます。私が一番興奮を知る笑みです。
両足で私を挟み、私は貴方を見下ろす形に自然となりました。腰に手を回し、見上げる貴方の目は、矢張り意地の悪さを含みます。
「誰の為よ。」
「さあ…」
私は首を捻り、理解出来無い様を伝えました。
伸びる手。其れはしっかりと私の顎を掴み、手で足で逃げれない様にされました。
「雅の為だろうが。」
「私の。」
頼んだ覚えは無かったですが、貴方が云うのなら間違いは無いのでしょう。気付かぬ内に私は示したのかも知れません。由々しい事です。
「前の髪型で髭が生えてみろ。大概不審者だ。誰が陸軍大佐何て思うかよ。橋の住人だ。」
私は其の比喩が面白く、小さく声を出して笑ってしまいました。
其の私を見る目。
堪らなく興奮致します。
笑う事が出来無くなった私は、静かに顔から筋肉の動きを消しました。
沈黙が、性的興奮を呼ぶのです。呼ぶ音は、頭に響く心臓の音であり、不明瞭な呼吸する音であり、貴方の射る様な強く優しい目。掴まれた顎から広がる冷たい貴方の体温。少しばかり温かさを知るのは、私の思い違いなのでしょうか。
意地の悪い笑みは、ふっと優しさを見せ、嗚呼、堪らない事です。貴方は何時も私を喜ばせて下さいます。由々しい事です。私の様な人間に、貴方の様な方が喜びを下さる等、恐縮してしまいます。ですから私は、如何して貴方に此の感謝の気持を伝えたら良いかと考えるのです。
伝える術を余り知らない私は、じっと貴方の目を見ます。顎に触れていた人差し指が、擽る様に唇をなぞり、口を開かせます。私は貴方の望む侭口を開き、舌に冷たさを感じます。
興奮帯びる私の咥内は、其れはもう熱いのです。其れを確認した貴方は喉の奥でくつくつと笑い、私の体温を興奮を上げました。
「何よ。」
嗚呼、浅ましい事です。貴方に私の秘めたる興奮を知られてしまいました。
「いいえ、何も。」
私は慌てて其の興奮を隠しましたが、もう駄目でした。貴方は退屈な息を漏らし、視線を逸らしました。
「いいえ、何も、御許しを………御前は其れしか云えないのか。ん。」
「いいえ…」
「ほら、な。其の三つで会話が成立する。」
「御許しを…」
貴方は云うのさえ面倒に思われたのか、息を漏らし、グラスに洋酒を注ぎ込みました。赤褐色の洋酒は匂いが酷く強く、口に含んでいない私さえ酔わせます。私が酔うのは、果たして酒だけなのでしょうか。貴方に酔っていると云う、素敵な話ではないのでしょうか。
グラスが動き、口が動き、喉が動き。其の連動を眺めました。
瞬間。
私は離された足から膝を突きました。
顎を掴む手に力が入り、開いた口に在の洋酒が流れ込んだのです。慣れない洋酒は容易く私から力を奪い、貴方に強力な、支配と云う力を与えます。私は酒の味に噎せ、口からだらし無く零します。
嗚呼、何て楽しそうに目を濡らすのでしょうか、貴方。
「ちっとは飲めよ。」
其の命令に私は喉を動かし、喉に痛みを覚え、又噎せてしまいました。
興奮とは又違う別の熱さが身体を揺らします。嘆かわしい事です。私は本当に酒に酔ってしまいました。
貴方の膝に顎の乗せ、吐く息は酒に侵されています。許して下さいね。
「おい、大丈夫かよ。」
「はい…御許しを…」
ふと視線を動かすと、私は又興奮の熱を帯びます。
感じる貴方の視線。
見下ろす其の目に、一体私は何度絆されたら良いのでしょう。
貴方の着物を割ったのは、さもしい事です。




*prev|1/3|next#
T-ss