修羅の音色


主の居ない席に、ぽつりと置かれているケース。其れが一体何の為に置かれている物なのか、私には検討付かず、けれど其れが何かは判る。手にした事も、実物を見た事も無いけれど、其れが奏でる音は聞いた事はある。
ケースを見詰める剥製は、何処か高揚を感じた。
「木島さんは。」
「時期戻られるかと。」
「どちらに。」
大佐は何も云わず、紅茶の入るカップを静かに私の前に置いた。
一口飲み、息を吐いた時木島さんは戻られた。私と少し視線を合わせると、又御前かと云わんばかりの目をした。
剥製を少し撫で、溜息混じりに云う。
「本郷は全く使えん。」
「左様に。」
「銃も使えんのか、在の役立たずは。」
「抜刀隊、ですので此ればかりは。」
「本郷もそうだが、隊員もだ。井上が居ないと何も出来無いのか。」
精も根も尽き果てた顔で紫煙を上げる。
「あれでも中尉部隊か。井上が泣くぞ。」
「元帥も、でしょう。」
大佐は意地悪く笑い、木島さんは唇を尖らせ爪を鳴らした。左右の親指の爪を重ね、鳴らす。
「英吉利に行った奴等は、全員俺が教えた。四、五人位残せば良かった。」
そうすれば自分の負担が軽くなると爪を鳴らす。
「特に井上。彼奴は在の世代で一番銃が使える。流石は中尉になる男だ。学校の成績も良いしな。」
大佐の置いた珈琲に目も暮れず言葉を続ける。私は静かに、火が点いた侭の煙草と、ケースを見詰めた。
「珍しく、御褒めになるのですね。嫌う井上中尉を。」
すると木島さんは煙草を咥え、荒々しく吸い、吐き捨てた。
「在の出来の悪い部隊を見たら、嫌でも井上の腕の良さが判るっ。彼奴を英吉利に送ったのは間違いだったよ。」
唇を尖らせ拗ねる木島さんの姿に大佐は笑い、私は紅茶を飲んだ。
「ライフルは使えても、四十五口径を使える奴が居ない…」
「………誰も居ないんですか!?中尉部隊なのに!?」
「驚くだろう?曲がりなりにも井上の下に居たんだ。一人位居ても良い。けれど仕様が無いか…在れを使えるのは、俺と井上と、御前位しか居ない。」
聞き慣れない単語に、私はつい口を出した。
「四十、五口径…?」
ゆっくりと、私の存在を完璧に忘れていた木島さんの目が動く。
「銃の中で一番殺傷能力のある奴だ。重いしな。」
「中々扱える代物ではありませんよ。ましてや海軍元帥でいらっしゃる貴方が、撃てば。」
「肩が外れる。呆気無くな。」
二人は笑い、青褪める私に視線を向ける。
「ま、実物は此れ何だがな。」
椅子から立ち、引き出しの中から其れを取り出し、私の座る机の前に置いた。ごとりと鈍い音を出す其れは、充分な重量を私に教える。持ち、然りと其の重さを知る私。
「此れ、は…本当に重いですね…」
「だろう。」
前に座った木島さんは嬉しそうに鼻で笑い、私から銃を取った。
「一寸待ってな、弾を抜いてやるから。」
本当に楽しそうに銃を弄る木島さん。かちんと音が鳴り、弾を抜く。蓮根の様な其の場所が何だか面白い。
「撃ってみるか?」
口角を上げ、笑う。先程自分で云った事を忘れたのか、唯単に肩の外れた私を見たいのか。
抑私は銃を見た事も無ければ、触った事も無い。
「あ、でも此れダブルアクションか。」
「私のでしたらシングルです。」
全く判らない説明を私は唯聞いていた。
「まあ良い、説明してやろう。大佐、出せ。」
嬉々とする木島さんに、私は素直に耳を傾けた。




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