出会い


「だーから御前達は!」
屋敷の中に拓也の声が飛ぶ。此処に居れば安全だという事を覚えた子供達は、数日程で元気を取り戻し、走り回っていた。しかし、一番衰弱していた美麗だけは、未だベッドから起き上がる事が出来ずいた。
「何登ってんだ!」
大きな柿の木に実が成っているのを見付けた子供達は登り、食べては粕を落とした。渋柿だったら良かったのにと、無くなってゆく実を見て思う。
「疫痢になっても知らねぇからな!」
「待ってダディ!」
「何だよ!」
「降りれないよ!」
「知るかよ!」
口々に助けを求め、拓也はそう云ったが梯子を木に置き、一人ずつ降りるのを待った。そうして地面に落ちる実の残骸を見、意地悪く云った。
「こんだけ食ったら、夕飯は要らねぇな。」
「要るよ!」
「鬼ー!」
「悪魔だ!」
「仏様だ。」
庭で響く笑い声を美麗は聞き、寝返りを打つと身体を縮ませた。眠気はあるのに、全く眠れない。眠れば、妹が死んだ、そして其れからの事を夢に見、其れが怖くて眠れなかった。
最初はけたましく泣いていた妹。其れを必死にあやし、其れでも泣き止まず、空腹と孤独だけ感じていてた。其の内、泣き声は無くなり、小さくふえふえと小さな口から出していた。赤ん坊の妹が何を食べるのか判らなかったが、少ない食材を二人で分け、暫くは生きていた。しかし、固形物の食べれない妹は声を出す事もせず、床に寝ていた。排泄物の強烈な臭いが家に充満し、其れでも美麗は妹の傍から離れなかった。
夏の蒸し暑い部屋で、其の強烈な臭いと空腹に美麗は頭がおかしくなりそうになった。妹が泣かないのが救いで、こんな状態で泣かれでもしていてたら、美麗は確実に狂っていたと思う。
自分の空腹を満たす事で精一杯だった。少ない食材を少しずつ食べ、与えてもどうせ吐き出す事しかしない妹には、与えなくなった。そうして、そんな生活を長い間続け、ある日妹は死んだ。途轍もなく暑い日で、朦朧とする意識の中で、其れを知った。
何故か、安心した。
此れで妹は苦しまなくて済む。そう思った。
段々と夜の暑さは引き、しかし昼間は猛烈に暑く、排泄物より強烈な腐敗臭が充満した。其の臭いに何度も吐き、腐った妹には虫が湧いた。口、鼻、目、ありとあらゆる所から虫は湧き、妹の身体を蝕む。其の姿が可哀想で、美麗は湧いた虫を取っていた。
やがて虫さえ湧かなくなった妹の身体は干からび始め、臭いだけを残した。
昼間の暑さも消え始め、変わりに寒い夜が来た。動く事さえ出来ず、食料も無い。此の侭自分も妹の様に死に、虫に食べられるのかと、そう感じていた。
目も開けれず、呼吸だけを繰り返す。そんな時が流れ、目を開けた時其の目に映ったのは、全く知らない黒い眼。
今聞いている声の主の目だった。
「起きてるか?」
痛む頭で目を開けると、矢張り其の黒い目があった。
「起きています。」
「未だ、眠れないか?」
「少し。」
拓也は笑うと布団を剥がし、美麗の横に寝そべった。片肘を突き、其の出来た空間に美麗は身体を寄せた。片手で背中を叩き、睡眠を誘導した。
「ゆっくり眠れ。」
同じ漆黒の毛先がシーツの上で交わり、異臭がこびり付いた鼻に、少しづつ煙草の臭いが占領する。其の時だけ、美麗は何の夢も見る事無く眠れるのだった。




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