シロとハイイロ


初めて“其れ”を見た時和臣は興奮した。
灰色の硬い毛を持つ、狼。
世の中に、此れ程気高いものが存在するとは知らなかった。元は野生で、怪我をした所を軍に捕獲された。
野生故、そんなに迄も強い目を持つ。
「嗚呼、和臣様。余り近付くのは…」
一度威嚇でもされたのだろう。一応、飼育係と名された男は和臣に離れる様促す。其れも、豪く遠い場所から。
威嚇されるのは、男が此の狼に対して少しでも威嚇を持つからでは無いのか。
そう和臣は思い、男の言葉を無視し近付く。和臣が近付くにつれ狼は鼻に皺を寄せ、低く唸り威嚇を見せる。其れでも近付く和臣に狼は牙を剥いた。
「嗚呼っ和臣様っ」
男は目を瞑り、和臣の姿を想像した。木島に何と詫びれば良いか。必死に許しを貰う言葉を頭の中に巡らせ、男は目を開けた。
狼に似た目を持つ和臣は、矢張り、狼だった。
威嚇し、自分より上のものに対してしか座らない習性の狼が、座っている。
「良し。良い子だな。」
和臣はゆっくりと狼に手を伸ばし、鼻先に付けた。
「俺は、御前より強い。噛めるものなら、噛んで御覧。」
狼は少し躊躇い少しばかり牙を見せる。しかし噛みはしなかった。
和臣が強いと、察知した。
「如何した。噛まないのか?」
眉を上げる和臣。狼は如何したものかと険しい顔を見せた。
「噛んで良いぞ?けどな、噛んだ時、御前は死ぬよ。」
其れを恐れ、狼は噛まない。和臣は顔を綻ばせ、男に云った。
「貰って良いか?」
「え、ええ…構いませんが。」
和臣は鼻で笑い、狼を見た。其の目に狼は恐怖を感じ、一層体勢を低くさせる。
「付いておいで。」
背を向け、歩く。本当に付いて行って良いか迷うが、振り向いた和臣の言葉に、矢張り付いて行こうと、狼は力強く四足を地面に立たせた。
「アルファは俺だよ。俺に刃向かう事が、御前に出来る?」
此の人に付いてゆけば、心配は要らないと狼は知った。




*prev|1/5|next#
T-ss