シロとハイイロ


何処に行くのも一緒だった。
寝る時は当然で、週一で山の中を好きに走らせた。
其の時、猟が趣味だった和臣には此の狼は良いパートナーだった。素早く獲物の臭いを察知し、知らせ、其れを和臣が撃った。死んだ獲物を狼が運び、時には其れを血に塗れ乍ら食べる。
兎や狸、狐と云った小動物は和臣が持ち帰り、職人に渡し毛皮に加工した。其の毛皮は母親や妹が纏い、肉は当然狼が食べた。和臣が食べても良かったのだが、元の姿を知るだけあって躊躇われた。兎の肉は、旨いのだけれど。
狼が一番嬉しかったのは、鹿の時だ。自分より大きい鹿にむしゃぶりつく程嬉しい事は無い。腹も充分満たされる。自分は矢張り、此の人に付いて来て良かったと、心から思う至福の時であった。
けれども、此の狼が唯一好きになれないのは、和臣の馬だった。とてもで無いが勝てる気がしない。あの太い後ろ足で蹴り飛ばされでもしたら、死ぬ。馬という存在は嫌いだったが、其の馬自体は良い奴だと狼は記憶している。
一度互いに顔を見合っていたら、和臣に“不毛な恋”と笑われた。狼に其の意味は判らなかったが。
「こいつは雄だぞ?御前も雄だろう?」
鬣を撫で、和臣は笑う。
其の笑顔に、此の人は動物が好きなのだなと知る。
鹿の肉にむしゃぶりつく事も楽しみの一つだったが、此の狼の楽しみは、何と云っても走る事だった。
在の馬に跨がり、走る後ろを狼は付いて行く。風を切るのが何よりも楽しく、又、馬の速さに付いていくのも楽しかった。
何処に行くのも一緒、そう云ったのは何も過大では無い。現に和臣は何処に行くにも其の狼を連れた歩いた。勿論、女に会う其の時も。最初は嫌がっていた女達ではあったが、其れに慣れ、其れが当たり前の事になると、誰も何も文句を云わなくなった。
狼が居て、和臣が居て、女が居て。其れが当たり前で、狼無しに和臣だけ来ると、何だか物足りなさを感じるのも、又事実であった。
和臣が女を抱いている時、狼は床に伏せ、其れを見ていた。狼にとっても、和臣にとっても、女にとっても、其れが当たり前の話で、女達は微かに興奮を帯びていた。
自分を抱く狼と、其れを見る狼。其の奇妙な光景に、女達は何時しか興奮を知り、興じていてた。
元が野生だったにしては、此の狼は随分と長く生きた。最初に見た時は既に成体で、長くて五年位だろうと和臣は思っていた。しかし、此の狼は十年近く生きた。
十年もの間、狼はずっと和臣の傍に居た。和臣の弾くヴァイオリンの音を聞きながら、狼は静かに其の命を消した。和臣が二十六の時で、兄の宗一が独逸からの帰国後暫くしてからだ。
狼は知っていた。
和臣が何故自分を飼おうと思ったか。
居ない人間を埋める為だけの、其れだけなのだ。宗一が居れば、もう充分だろうと、狼は暖かさと主人への愛情と忠誠を残した侭剥製に変わった。




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