おぜうさんと本郷家


何時に無くめかし込む時恵に、和臣は唇を突き出し、不快感を露にする。何処もおかしくは無いかと何度も聞く時恵に時一は、其の度笑顔で頷いている。
時恵がこうして身形を丹念に確認し、和臣が不機嫌になっているのには理由がある。普段、時恵がめかし込み、似合うかと聞いたら和臣は決まって、デレデレと頷く。反対に時一が其の和臣に呆れるのだ。
けれど今日は違う。
龍太郎の両親に初めて会うのだ。其れはもう、めかし込むだろう。
金持ちが嫌いだと云うから、そう高くは無い物を、けれど質の良い物を選んだ。龍太郎の両親に嫌われてしまったら、結婚は望めない。しかし龍太郎は、両親が首を横に振ろうと結婚すると云っている。どの道結婚するのでは無いかと和臣は気に食わない。時一は唯、何時も以上に愛らしい時恵に笑っていた。
「あっおー、何処行くんやぁ、時恵。」
仕事から帰宅した宗一は時恵の格好に柔らかい表情を見せ、不機嫌な和臣を見た。
「不細工やで、自分。」
「煩い。」
「姉上が龍太郎さんの為にめかし込んでらっしゃるのが気に食わないんですよねー。」
「ほうほう、成程。」
阿呆や、と宗一は煙草を咥え、くつくつと喉を鳴らした。
「似合いますかしら、兄上。」
「姉上…先程から其ればかり。充分素敵ですよ。」
時一と宗一は顔を見合わせ、小さく笑う。
「日本で一番可愛えよ、時恵。」
「世界で一番だよ…」
不機嫌に答える和臣は、テーブルに顔を乗せ、逸らしていた。何だ、結局可愛いのでは無いかと、時恵は和臣の顔を覗き込んだ。
涙目で唇を突き出し、失恋した男の様な顔だ。
「うふふ、折角の御顔が台無しですわよ。」
「時恵は結婚しないと思ってたのにぃ…」
「残念やなぁ、和臣。」
「兄さん、そう云えば昔、姉上と結婚したいから認知を取り消してくれって、父上に頼んでましたね。」
其の言葉に時恵の顔がぴくりと動き、さも汚い物を見る様な目を和臣に向けた。
「嫌ですわ…御兄様…」
「時一…嘘は云うなよ…」
「嘘?事実でしょう。」
「和臣なら絶対ゆうてるわ。」
「僕、此の耳で聞きました。」
「も、変態の領域越えてるわ。」
「ああはなりたく無いですね。」
「せやなぁ。」
全く此の二人は、何時でも話し出すと、二人で一人の様な口調になる。
時恵は軽蔑を孕んだ目で和臣を見、龍太郎の迎えを静かに待った。
四人で和気合々としている雰囲気に木島は顔を綻ばし、持っていた紙袋を時恵に渡した。受け取った手土産の紙袋を開け、時恵は何が入っているのか聞いた。すると木島は悪どい笑みを浮かべ、持っていた扇子を開き口元を隠した。
「黄金色の菓子折りに御座居ます、御嬢様。」
態々、扇子という小道具迄出し、父親は何をしているのか。時恵は呆れたが、こう木島が乗っているのだから自分も乗ろうと、えっへっへと気味悪い声を出した。
「主も悪よのぅ、父上。」
「いいえいいえ、御嬢様程では。」
にぇえっへっへっと二人揃って形容付かない笑い声を出し、宗一は顔を引き攣らせた。和臣は何故か其れに便乗し、二人以上の気持悪い声を出した。
「黄金色の菓子折りか。何とも美味であろう。」
扇子を開閉させていた木島は再度開き、今度は和臣に言葉を流した。
「南蛮依り渡来し黄金色、さぞ美味に御座居ましょう。」
「此れは面白い。越後屋、気に入ったぞ。」
「はあ、有り難き幸せ。私には勿体のぉ御言葉に御座居ます。」
「でぃえっへっへ。」
和臣は毎度の事だが、木島の上機嫌には気味悪さを感じ、時一は時恵の横から紙袋の中を覗いた。因みに中身は、唯のカステラである。
態々買ったのであろうか、此の木島が。聞けば実は此れ、貰い物と云う。其の貰い物を手土産に持たせる木島の根性、時恵と結婚してくれと頼んだ割りには、何だか悪意を感じた。




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