父
父との記憶は、其処で止まっている。数年後父は死に、私は元帥となった。
私は、父に愛されていないとばかり思っていたが、そんな事は無かった。元帥となり死ぬ迄、私を傍に置き、其の全てを私に教えた。其処迄は普通なのだが、元帥に着任する前日、私は初めて泣いた。生まれて初めて、自分の感情に突き動かされ泣いた。父が死んでも泣かなかった私が、其の日泣いた。
此れを着るのか、と父の軍服を着、鏡を見ていた。余りの似合わなさに、笑いも出なかった。母も固まった顔で笑う、其れ位に似合わなかった。
其の時だ。
父にずっと付いていた将校が、大きな箱を持って前に現れた。私の姿を見ると、矢張り言葉を無くしていた。そして云った。
「其れを着られても構いませんが、元帥から此れを預かっておりますよ。」
箱から出て来た真白な軍服に、私は絶句した。取り出した軍服の間に手紙が入っており、其れを読んだ私は身体が熱くなり、嗚咽を漏らした。
「父、上…」
「嗚呼、良く御似合いです。加納元帥。」
真白な軍服と軍帽。
御前は黒が似合わんからな。
此れを着た御前を、俺は心から誇りに思う。
でかくなれ、海軍元帥加納馨。
私の嗚咽は何時しか張り上がり、悲鳴に似た泣き声を出していた。私は心から、彼の息子で良かったと、そう感じた。元帥という地位を貰ったからではない。身体を壊す迄私を元帥にし様とした父の愛を、全身で感じたからだ。
だから私は、此の軍服を汚す人間だけは、決して許さないのである。
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