多分在れは十六の頃。元帥となった父は相変わらず週末には騒ぎ立て、私は父に対する尊敬を薄れさせていた。
此れが海軍元帥…っ!此れが…
偉大だと信じた父は何処に行った。酒を飲み女と遊び、其れが元帥。
失意した私は何時も騒ぎ立てている部屋を恨めしそうに睨み付けた。今日は静かだった。けれど人の気配はあった。時折父の豪快な笑いが聞こえ、ええそりゃ楽しいだろうよと腹が立ち、水を飲みに起きた雅を殴った。雅ははあ、申し訳無いと殴られた箇所を摩り、部屋に戻って行った。
どいつもこいつも面白く無い…!皆消えろ!
何もかも面白く無い。良い事も無い。糞が付く毎日だ…
喚き、暴れてやりたくなった。父の大事にする掛け軸も、母の湯呑みも自分の本も全部目茶苦茶にしたい。
けれどそんな根気、持ち合わせて居ない私は唯、鬱々と部屋を睨んだ。
部屋の明かりが影を写し、ゆらゆらと障子に近付き、私は其れを見ていた。静かに開き、出て来た男は私を見ると鼻で笑い、父に顔を向けると、此れが性根腐った陰湿偏屈息子か、確かにね、と笑った。
男は陸軍元帥だった。
父は其れを聞くと、あっはっは、と卓を叩き笑ったみたいだった。男依り随分背の高い父は男の後ろに立ち、障子に手を付くと二人揃って私を見た。
「木島さん、どげんね。息子の性根ば叩き直しちゃらんか。」
「勘弁してよ。性根腐った馬鹿息子は俺も同じ。直せるとは思え無いよ。」
柔らかい物腰で男は云い、そっと笑った。男は酒を貰いに行くらしく、擦れ違い様私の肩を叩き、父親が偉いと子供は大変だな、とふらふら歩いた。
「木島さん、大丈夫ね?」
「大丈夫、大丈夫ー。」
父は珍しく訛っていた。男は大丈夫と云った割には台所迄行くのに何回か壁にぶつかっていた。そして台所から母の悲鳴に似た嬉しそう声を聞いた。
戻って来た男は何故か母を後ろから抱き締め乍ら不安定な足取りを見せた。
「加納さんの奥さん美人。ねえ頂戴?」
「あっはっはっは!」
父は本当に楽しそうに笑い、母は少し困惑し俯いていた。満更でも無いと云う顔で。
自分の妻を口説かれ、あっはっは、とは何事だ。母も母だ。
此れが“大人”か。なら私は一生大人にならなくて良い。
こんな汚い大人になる位なら。
強烈な記憶だった。
嫌う陸軍と酒を組み交わし、母をやるやらない。
私にはこびり付いた記憶だったが、男に記憶は全く無かった。此の席の記憶が無い訳では無い。
私を罵った記憶も私の存在も無いのだ。
私が此の陸軍元帥を嫌うのは、少なからず此れが関係していた。




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