サーカス
活気が良い、と珠子は通りで首を傾げた。楽士隊とでも云おうか、国旗を高々掲げた集団が音楽を出して居る。
「やあ可愛い御嬢さん、此れを如何ぞ。」
先頭に立つ男から珠子はビラを貰い、益々首を傾げた。
「ロッテ、此れは何?」
買い物をして居たロッテは其の手を止め、見せられたビラを手にした。
「サーカスですわ、奥様。」
「サーカス?」
サーカスと云う言葉は知って居るが、其れが一体何なのかを知らない珠子は目をくりくりさせ、そして輝かせた。
「楽しいですぞ、楽しいですぞ。」
「ハイルハイル。ジーク ハイル。」
丸で呪文の様で、珠子の心を踊らせ誘う。
「見たいわっ、ロッテっ。」
少女の様に目を輝かす珠子だが、ロッテは反して渋い顔をする。サーカスが何かを知るロッテは余り好きでは無く、先生が宜しいと仰れば、と適当に相槌を打った。
まさか在の夫が自分の願いを叶えない訳無いと思って居たが、帰宅した夫の口から出た言葉は“Nein”、余りの衝撃で珠子は言葉を失った。ロッテはまあ当然だろうと皿を並べた。
「ナイン?ナインですって?」
「何度云っても答えは駄目です。」
「何故よ。」
「下らないからです。」
時一には下らない見世物かも知れないが、珠子には違うかも知れない。そんな当たり前な考えさえ出来無い時一に、横暴よ、と顰め面で珠子は云い、時一は、其れが独逸、とあっさり云った。
時一は見世物の類が一切嫌いだ。見世物同然の人生を歩んで来たから、金を取って迄態々自ら晒す思考が理解出来ず居る。
「そんなに行きたいのなら、ハンスと行けば良い。」
「嫌よ。」
「何故。」
「だって、私の御尻を触るんだもの。」
怒りを見せるかと思いきや、時一の目は至って冷静で、寧ろ軽蔑を孕んで居た。
「見たいんでしょう?御尻の一つや二つ、触らせれば良いでしょう。」
サーカス並に下らないと眉間を掻いた。
「御尻は一つしか無いわよ。二つもあったら大変よ。」
「座るのに困りますわね…、奥様。」
「そうよ、困るわ。貴方は便利でしょうけれど、私は不便だわ。」
「いや、僕だって不便ですよ。下半身露出しなきゃいけないじゃないですか。」
サーカスを見る見ないで、何故尻の話になるのか。三人は一旦無言になり、又サーカスの話を始めた。
最後迄時一は行かないと主張し、珠子はぶりぶり文句を云った。最終的には珠子の平手打ち迄食らい、ロッテは絶句した。サーカスごときに此の仕打ちは酷だと思い、結果何時もの様にロッテが付き添う羽目になった。サーカスに行けると満足した珠子は、宝物を見る様にビラを見続けた。
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