切り取られた風景(前)
暖簾から覗いた顔は、一見すれば女だった。遠目からでもはっきりと侑徒の端麗な様は、男の目には見れた。
「御天道はん見えてるわ。」
一本、糸みたく細い髪が顔に掛かり、空を確認する目には色気があり、淡い色の紅を引いた様に色付く唇、薄く笑う口元の黒子は少し形を変えた。
「ほんなら又、おおきに。」
「おおきになあ。」
呉服屋から完全に姿を見せた侑徒に見て居た男は一歩下がり、間違い無く侑徒が男であるのを確認した。
細い身体に袂と袴を揺らし、同じに長い髪も揺れる。渡ろうとして居た橋を渡る事も男は忘れ、其の近付いて来る侑徒を目で追った。擦れ違い様、揺れる髪から独特な匂いがし、男は其処で漸く我に返った。
「いかんいかん。」
若い娘の様に甘い匂いや白粉の匂いをさせて居るとばかり想像して居た。侑徒から前に向き直した男は首を振り、二回自分の頬を叩くと橋に向いた。
「然し在の匂いは、一体何かな。」
腕を組み、下駄をカラカラ鳴らし乍ら首を傾げた。
「何だか身近にある匂い何だが、はて、思い出せんなぁ。」
如何にも自堕落な風貌で、ぶつぶつと独り言を云って居るものだから、向こう橋から歩いて来た娘三人に「嫌ぁなぁ」と云われた。態々止まり、固まって男を見なくとも、飄々と通り過ぎ、後から「嫌ぁなぁ」と云えば済む。
「此れは失礼。」
組んで居た腕を解き、帽子を深く入れ込んだ男に娘達は「嫌ぁなぁ」と足早に橋を掛けた。がたがたと草履と橋が鳴り、其の振動が男の足に伝わる。
「なぁにが、嫌ぁなぁ、だ。俺の台詞だよ。」
娘達、男が独り言を云って居た事に気味悪さを覚えた訳では無く、男から出る其の訛りの無い言葉に気味悪さを覚えたのだ。男の見た目は完全な自堕落息子、訛りの無い言葉、独り言。何処に行くのかは知らないが、大層めかし込んだ姿を見ると、良い所の御嬢さんであろう。地元の金持ちと云うのは、素性知れぬ余所者を大抵嫌う。訛りの無い言葉等聞かない娘達が、男を「嫌ぁなぁ」と云ったのは納得出来た。
橋を渡り終わり、柳の揺れを見た。大きく湾曲し、はんなりと揺れる様に、橋を渡る前に見た侑徒の姿を重ねた。
「顔も奇麗たっだが、髪が又美しかったな。」
柳の揺れは、擦れ違った侑徒の髪の揺れに良く似て居た。風が吹けば其れに乗る、植物特有の刺激臭に男は気付いた。
「薬品だ。」
すると侑徒は医者か何かか。見た目は先程擦れ違った娘達と変わらない様見えたが、ひょっとすると自分と変わらない年齢なのかも知れない。
男は二十の前半で、侑徒は十代の後半であった。
「又会えるかな?」
脳天気に男は考え、会えないのなら会えないで、構いはしなかった。目に入れた美しさは、確かに京都の景色に溶け込んで居たのだから。此の景色を思い出せば、必然的に侑徒を思い出す。
男は其れで満足で、笑みを漏らした。
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