敬作の目
朝の空気、今日は一段とぴりぴりとしております。気象台の知らせでは、昼から雪との事、私は余り、雪が好きではありませんので少し気分が滅入って居ます。
四階迄の階段、何て一段一段が重たいのでしょうか。
「あ、野中元帥、御早う御座居ます。」
四階に着いた時、丁度五十嵐大佐と出会いました。両腕に書類を持っておりましたので、手伝いました。
「師走ですよ、仕事も忙しいです。今日も頑張って下さいね。」
「そう云えば、一昨日の仕事は。」
「嗚呼、片付きましたよ。」
素っ気無く答え、部屋の前でふっと足を止めると、私の持つ書類から一束抜き取りました。
「嗚呼仕舞った…、通り過ぎた。中佐の所に持って行かないといけなかった…」
階が違う訳では無いので其処迄面倒臭がらずとも、一寸引き返せば済むのですが、五十嵐大佐はうんざりと廊下を見たのです。
「私が行きましょうか?」
「え?良いんですか?」
此の中佐、白軍服の新世代なのです。尤も、陸軍の旧世代――黒軍服は三人しか居ませんが。
新世代の中佐、新世代と云うよりは新人類みたいな男で、私でも時折、彼は何を云って居るんだろう、と悩む事があります。
一昨日は何も出来ませんでしたが、雑用は本来私の仕事ですので、数歩下がり書類を渡しました。矢張り新人類、朝から何を云って居るのか判りません。
新人類に頭悩まし、とは云っても私の方が年下ですが、深呼吸を二回、ドアーを開きました。
「御早う御座………」
派手な爆発音、火薬に匂いが鼻を突きます。驚いた私の頭にはらはらと紙屑が乗り、重厚たる元帥室が色取々の色彩を纏って居るではありませんか。ドアーの左右に居た小野田大臣と五十嵐大佐が紙吹雪を私に浴びせ、にやにや笑う井上さんの手には薬では無くクラッカーが握られて居ました。
薬師如来、忘れて居ましたが爆発物が大好きです。
呆然と紙吹雪を受ける私に、仏は椅子を回転させ、にやりと笑いました。
「誕生日おめでとう、野中。」
元帥が云う為り左右から奇声が聞こえ、妙な舞を始めたのです。
「あ、ほれ、あ、ほれ。野中の誕生、誕生日ぃ。」
「めでたいめでたい、あほいのほい。」
脳天気コンビ、今日は息が合って居ます。
段々と妙な歌が遠くに聞こえ始め、元帥の姿が水面下を覗く様に見え始めました。
「元…帥…」
私でもすっかり忘れて居た事、思い出しました、今日は私の、誕生日でした。故に雄一は昨日、タイピンを渡したのです。何でも無い日にも貰いますので、気にも止めませんでした。
毎日が、必死でした。
毎日が、努力の連続でした。
元帥に少しでも近付こう、力に為ろうと、必死に進みました。
ですが一昨日の件で、私は余り受け入れられて居ないと感じたのです。
「何…で…」
「何で?御前は仲間だろう?」
元帥の柔らかい片目、我慢出来ず声を出しました。
「元帥…元……」
「最低、龍太が泣かした。」
「うわぁ、元帥最低。最低元帥。部下を自分の気分で泣かす何て凄まじい暴君ですね。」
「最低ですね、本郷さん。見損ないました。昔を思い出します。」
「一寸待て、何で非難される。」
彼等が何を云って居るのかは判りませんでした。紙吹雪の乗る頭を散々ぐしゃぐしゃにさせられ、最後に元帥から抱擁を貰いました。
「元…」
「良く来たな、此処迄。在の小さかった子が。」
茜色の空、白い軍馬、黒い軍服、土と葉と煙草の匂いが、十六年前の風景が私には見えました。
「嘘…」
「気付いてたさ、最初から。迷子は如何やら、御前だったらしいな。」
御帰り…。
私の帰る本来の場所は此処だと知りました。
私と雄一は、何だか似て居ます。帰る場所はあるのに其れは偽りで、帰る場所を求め続けて居るのです。
私は戦争で無くしました。雄一はずっと、生まれた時から探して居ます。
帰る場所、則ち受け入れて呉れる人が居る場所――私は漸く見付けたのです。
雄一にも、早く見付かる事を願います。
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