絵師と父親


家に帰った俺を見るなり姉さんは不安な目を向けた。蒼白しているであろう俺の顔。未だ、胃は不快感を蓄えている。
「姉さん…」
焦点の定まらない目は、姉さんでは無く床を見ている。絞り出した声は、一体何を聞くつもりなのだろう。
姉さんとは随分年が離れ、両親が死んだ記憶はきちんとある。
だから、聞いたのだろうか。
「父様が自殺した理由って何…?」
姉さんの目が飛び散らんばかりに見開き、其の侭下を向いた。
「拓也は…知らなくて良いのよ…」
俺は、男から全て聞いた。だから、俺は、俺自身と父親と流れる血が汚く思えて仕様が無い。姉さんに聞いたのは、何故なのだろう。
俺は鼻で笑い、口元を歪ませた。
「同じ事…繰り返してるよね…俺達…」
「………誰と…」
其の声色。姉さんは察している。なのに聞いたのは、自分で認めたくないからだろう。
俺が姉さんを好きになったのは、当然なのかも知れない。
「母様と父様は…血が混ざってたんでしょう…」
父親の祖父が女中を孕ませ、生まれた子供が、俺達の母親。其の二人の子供、俺達は、見事に同じ相姦をした。両親よりもっと質が悪い。俺達は、全く同じ両親で、完璧に血が繋がっている。
こんな馬鹿な話があっても良いのだろうか。何の業だ。
父親も、母親が死ぬ迄知らなかったと聞く。自分の妻が、祖父の子供である事を。又母親は、自分の夫が、実母を凌辱した男の孫である事を。母親は其の真実を知らず死んだので、幾分幸せであろう。
誰が、想像出来様か。こんな忌まわしさ。
母親の戸籍に祖父の名前は勿論無く、孕んだ女中は一人で母親を産み、其の後養子に出されている。父親と母親が出会ったのは偶然で、惹かれ合ったのは、当然と云えば当然だろう。
全く血の繋がら無い人間を愛せるのだから、血の繋がりがある両親は尚更。そうして姉さんが生まれ、俺が生まれた。
此の話を聞いて、吐き気を覚えない奴は、異常者と云っても良い。俺でも吐き気がするのに、在の男は、濁る目を弓形にして俺に教えた。
父親の最期の言葉は、男が聞いていた。俺はとんでも無い鬼畜だよ、そう父親は云い、男の目の前で、首筋にナイフを突き刺し、耳迄抉る程強い力でナイフを上に引いた。ナイフは脳を削ぎ、止まっていたらしい。
母親と血の繋りを知った父親は、俺達を後悔したに違いない。
妻が自分の所為で死に、其れだけなら未だしも、此の真実。おまけに末期癌が見付かった。此れが、自殺の理由だと、世間には知らされた。
姉さん曰く、父親は鋼の精神を持ち合わせていた。しかし、幾ら其の精神だろうと、此の三重苦には負けた。
自分に金が掛かる事が判った父親は、自分の命より、俺達に莫大な財産を残す事を決め、死んだ。
俺が四歳の頃。
姉さんは母親が死んだ傷が癒える前に、父親を失った。自殺と云う、最悪の形で。
両親の記憶が無い俺を育て、親となり、しかし其の俺は如何だ。
姉さんを愛してしまった。
皮肉な話で、俺達は呪われているに違い無い。元凶の曾祖父は、大層人から恨まれ、金を手にしたと聞くから。其れ等の念が、此の代で渦を巻いた。
だってそうだろう。






其の二年後、姉さんは俺の子供を孕み、死んだのだから。




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