罪ト罰


一体、何時間こうして、女の寝顔を眺めて居るだろうか。
帰宅したのは、七時過ぎ。現在、十時を過ぎた頃。寝続ける女も女であるが、着替えもせず眺めて居る男も男である。
「何、やってんのかね、俺。」
自嘲的な溜息と腰を上げ、同時に足が痺れ、感覚が無く為り、蹌踉めいた。
「本当に全く何を遣って居るんだ、俺は。」
親友の口調を真似、自嘲する。柱にしがみ付き、痺れた足を振り、溜息を吐く。溜息しか出ない事にも溜息が出る。
顔に掛かる長い髪が、揺れた。
後ろに。
「え。」
揺れた髪に驚き、男は目を見開き振り返る。感じた暖かさ。其の細さ。
女は“妖艶な聖女”と云った風な顔付きで笑っていた。
「驚いた。」
其の相反する存在が一致する女の表情に。
「縛り為さいよ。」
一体何時起きたのか、女は男の後ろに立ち、長い髪を掴んでいた。目に止まった紐で男の長い髪を縛る。
「ほら、ね。」
笑った顔に、顔が強ばる。


「俺は、人を愛した事が無いから判らんが、御前がそう思うのなら、相なのだろう。」


親友の声が、頭に響く。
認めて仕舞えば、何れ程楽か。
伝えて仕舞えば、何れ程楽か。
抱き寄せ、愛を囁ければ、何れ程、幸福か。
考えれば考える程頭はおかしく為り、同時に、何も考えて居ない自分も居た。
女の細い指が、男の髪で遊ぶ。
「奇麗ね。」
女は哀愁の重さに目元を伏せた。
「姉さんだって。」
「私のは、駄目。黒く無いもの。…奇麗ね。」
寂しそうな目をしているのに、口元は、相変わらず、笑っている。
「奇麗ね、拓也は。奇麗。とても。」
髪から指が抜け、女は又、布団に入った。
「又、寝るの。」
男は呆れ、背を向けた笑った女の横に腰を下ろした。
又、先刻と同じ光景。
違うのは、女の気持。
「ねえ、拓也。」
「ん。」
女は男の顔を見、手を伸ばし、青白い其の顔に触れた。男は少しばかり目を開いたが、相変わらず、表情は無い。触れている手に、手を重ね合わせた。
「私の事、好きかしら。」
重ね合わせた手に力が入る。
「うん。」
目を瞑り、口元を緩ます。女は笑った。
「如何して、私達、姉弟なのかしら。」
男は目を開き、手を離した。
無意識に。
「拓、也。」
女の声が、耳に入らない。


今、何と云ったのだろう。


心臓が、強く鳴る。いや、鳴る等では無い。強く、強く脈打っていた、破裂せんばかりに。
「姉、さん。」
女は、笑った。
「御免為さい。何を云っているのかしら。忘れて。」


そう、忘れて。

――然し、忘れられ様か。


見開いた侭自分を見る男の目に女は手を躊躇わせ、視線を外した。
「拓、也。」
男の長い前髪を分け、其の奇麗と云った顔を露にした。
下唇を噛み、男の顔をじっと見た。
何時から、こんな、男らしい顔に為ったのだろう。
何時から、自分をこんな目で見る様に為ったのだろう。
何時から、実弟を男と思い始めたのだろう。
「拓也。」
男の長い睫毛を触り、口付けをした。
「姉、さん。」
驚いた男の唇に、唇を重ね、女は腕を回した。長い髪を乱し、貪った。
「姉さん。」
男の声に、女は無表情に為る。其の顔は、泣いている様、男には見えた。
「姉さん…………」




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