見付けた望み


無気力、其の言葉は私には似合いだった。
数日前聞いた予報では豪雨と云って居た筈が、カーテンを開いた其の奥にあったのは青い色だった。なのに、振り返れば、途轍も無い虚無感を漂わす闇しか無かった。
洗濯もせず、部屋は散らかり放題。
人の住む場所では無いと、思うのだが、そんな気力は無かった。
昨晩零した液体を、足で拭ったタオルが床で固まって居た。ゴミの溢れたゴミ箱は、一つだけでは無く幾つもあった。洗濯して居ない為、着る物が無かった。仕方無く、昨日着て居た服で日の半分を過ごした。
同じ場所に座り、同じ場所を眺めて居た。
若草色の何とも趣味の悪い絨毯を捲り上げた其処を、私はずっと見て居た。変色した床板、消毒は済んで居る筈なのに、ありとあらゆる体液の臭いがした。私は其処に顔を近付け、鼻を動かした。消毒薬の微かな甘さに、確かに、確かに彼女の匂いがした。良く知る匂いに私は、倒錯心情を動かした。床板其の物が彼女である様に這い蹲り、勃起した性器を擦り付けた。何度も繰り返し、変色した床を舐めた。消毒薬の味も、彼女の味もしなかった。唯、床の湿気と絨毯の埃の味がした。其れが恰も、彼女の新しい味だと私は感じ、与えられた喜びに打ち震えた。
消毒薬とは又違う刺激臭を含む甘い臭いを知ったのは、三十分後の事であった。着る物が無いと云うのに精液はべっとりと内裾と内股に付いて居た。
「――嗚呼姉さん、愛してるよ――――。」
汚れた自分にそう云った。
足で捲れた絨毯を戻し、目に止まった酒を飲んだが、其れは酒では無く味醂であった。腹部に強烈な熱さを感じ、味醂と胃液を吐き出した。調理酒の不愉快な甘さを消毒し様と、今度こそ酒を流し込んだが、熱さの変わりに凄まじい激痛を知った。焼ける様に中は熱く、鼻を貫く臭いは、此の世の物とは思え無い程臭かった。此れが地獄の臭いかと私は感じた。悪臭放つ液体には、昨日迄見て取れ無かった色があった。彼女の紅に酷似し、口を付け、そして舐めた。私も熟々馬鹿である。
部屋を更に臭くしただけであった。
流石に、自分自身でも此の悪臭には耐え切れず、風呂場で頭から水を被った。頭から流れる生温い温度は、手に知った彼女の血液と良く似て居た。
頭から水は流れて居ない筈であるのに、顎からは水がずっと落ちて居た。其れに苛立ち、桶に水を汲べると其の侭悪臭に向かって叩き付けた。
こんな事を繰り返しても、彼女が私の元に帰って来て呉れる筈が無いのは、充分に理解して居た。
こんな地獄に居るのが悪いんだと自分に言い聞かせ、濡れた服を脱ぎ捨てると、習慣と云うか、軍服を着て居た。こんなに大きかったであろうかと些か疑問持ったが、今の自分には、良く似合いであった。
抜け殻。
今の私は、全くの抜け殻であった。
濡れたので、一応は洗濯に為っただろうと安直な考えで、無造作に竿に掛けた。勿論私は、洗濯等、した事無い。なので着る物が無かったのだ。彼女がして居た様にして見るが上手くゆかず、面倒を覚えたので引っ掛けた。
晴天に此の汚い服は、浮いて見えた。然し其れが、人間と云う全くちっぽけで汚らわしい生き物を表して居た。
彼女はそう、純粋であった。




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