蜜月姉弟


こう成る事は、もう判って居た。今更咎める言葉も道徳も見当たらず、全く光を宿さないカーテンを眺めた。
「今日で三日。」
拓也の部屋に明かりが灯った日は無い。居ない訳では無い。毎日顔を合わし、其れに連なる女も見る。
お早う、龍太郎ちゃん。
お早う、龍太。
お休み、龍太郎ちゃん。
お休み、龍太。
なのに三日も部屋に明かりが灯らない。
「母さん。」
「何、龍太郎。」
「男と女は、何故惹かれ合うのですか。」
俺には全く判らない感情で、其の摂理も理解出来ない。
男だから女を好きになり、女だから男を好きになる…そんな生物学的な問題だったら随分と楽。現に女同士、男同士で睦み合う輩も居るでは無いか。
「なんだい、行き成り。変な子だね。」
「…恋愛での愛情とは、何です?」
「…何かな。此ればっかはねぇ、幾ら才女と云われた母さんでも判らないよ。」
「父さんなら判りますかね。」
「彼の人はもっと無理だろう、只管刀振ってた男何だから。稽古と飯の事しか考えて無いよ、武士なんだから。あたしは只管勉強してたんだから。」
見合いと云うか、流れで結婚した母に聞いたのが間違いだったのか、然し誰に聞き様も無い。
「でしたら母さん…」
男女の行き着く先は何処なのですか。
母はふっと目を逸らし、襷を解いた。
「生々しいね。」
「矢張りそうですか。」
「あんたも十七ならもう、世の中判ってんだろう。子供が出来て終わりだよ。」
「そうですか。出来るんですか。」
あの二人に出来るのか?
其れは許される事なのか?
「判りました、有難う御座居ます。」
「心配はして無いよ。」
「え?」
「龍太郎、彼の人に似てかなり奥手だろう。…結婚、出来るのかね。」
「…さあ、気が向いたら。」
此れからの先、自らの意思で結婚するとは到底思えないが、時期が来れば其れ成りにするのだろうと漠然と思う。
俺が拓也みたく、誰かを愛するとは思えない。
可も無く不可も無い、何の変哲も無い女と結婚し、子を作り、繰り返す生命の糸を繋ぐだけなのだろう。
「縁談の話は腐る程あるよ。」
「初めて聞きましたよ。」
「だって云って無いもん。」
「まさか、勝手に進めたり等…」
「其れは無い。嫁の顔には煩いんだ。」
「はあ、詰まり…」
「そ。まあ見事だよ。不細工の展覧会みたい。」
母は、教養や家柄より、多少馬鹿でも見目好い嫁が良いらしい。結婚するのは俺だから何でも良いが。俺も、どうせ興味無い女と一生居るんだ、見て楽しい女の方が良いと思う。唯、父が“絶対に士族の娘”と譲らない。
士族で顔の良い女…此れが自分の伴侶なのかと、母を見た。
「詰まり、母さんみたいな女を、父さんは望んで居るんですね?」
「んー?嗚呼、そうかもね。」
「難しいでしょうね。」
「二十五迄には結婚さすから…」
「一人でも大丈夫ですけどね、俺。」
「あたし達、何時迄も生きて無いよ?」
「嗚呼、そうか。」
「ん?」
「だから人は、他人を求めるんですね。矢張り愛等、無情ですね。」
「本当、あんた達似てるね。彼の人も似た様な事云ったよ。…アッチも似るんじゃないよ…?」
「アッチ?」
「あんたが今此処に居るの、奇跡だよね。」
如何やら俺の此の淡白な性欲は父譲り。酒が飲めないのも、何を食べても旨いと感じるのも、甘い物が大好きなのも、全て、此の父親有ってこそなのか。
「俺と父さんは似てるそうです、母さんが云うには。」
「…気味悪い事を云うな、集中しろ。」
「貴方から譲り受けたのは、此れだけかと思って居ましたよ。」
「…そうだと良いな。話しをしたいのか稽古をしたいのか、一本に絞れ。」
「もう一本お願いします、師匠。」
葉がさわめく。拓也の恋人が姉なら、俺の恋人は刀だなと、葉の会話を聞いた。




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