蜜月姉弟


場所は凄く大事なのだと思う。何方かの部屋だと、姉弟の延長線上に結果がある様思えた。
確かに姉弟、其れは認めるし否定もしない。確かに姉弟の時間もある。朝は弟として姉を見送り、夕方は弟として迎え入れる。姉が望む全ての時間を弟として過ごす。
恋人に為っても変わらない。姉は姉であり、俺は弟、其の前提だけは絶対に崩さない。其れが無ければ、此の関係は成立しないから。
若し全くの赤の他人で、此の結果であるなら、俺は随分と早くに飽きて居たかも知れない。手に入れた時点で。
薄情な訳では無い、何の変哲も無い関係性に興味が無いだけ。偏屈だと云われたら其れで終いだが、日常と非日常の境目が、常識と非常識の境界線が、姉と弟の関係性が、全く無意味に成る状態が好きなだけ。倒錯的なモラル…正常なインモラルの空気に漂って居たいだけ。
だから姉は姉であって、決して他人であってはいけないい。
其れには場所が必要。姉弟として過ごす空間で、男になる事は許されないから。弟で居るか男で居るか、其れを決めるのは姉、淫靡で官能的な誘いを向ける。行き着く先は、地獄か楽園か或るは無か。例え何処でも良い、姉が誘う場所ならば。
「俺、何かしただろうか。」
「見るからに邪悪だったんじゃねぇの。」
「だからと云って、何故神父に説教されなならんのだ。」
龍太の機嫌が悪いのは一瞬で判った。普段から不機嫌そうな面構えで、「機嫌悪いんですか?」と聞かれる。其れで何ともなかった機嫌が悪くなるもんだから、あの人何時も怒ってると思われる少し不憫な性格をしている。
けれど今日だけははっきりと不愉快と不機嫌が眉間の皺に刻まれていた。
何故龍太の眉間に皺があるかというと、此れは親父さんの問題でもある。親父さんも此れ又眉間で爪楊枝位なら折れるんじゃなかろうかと云う程皺がある、其れを毎日見る龍太は、此れ面白い事で、目の前の人間が笑ってたら釣られて口角が上がり、苦悶して居るとこっち迄険しい顔になり、泣いていると眉が下がって来る心理で、親父さんと同じ顔になって行った。要するに、俺がヘラヘラ笑っているのは、姉がヘラヘラ笑っているからである。
龍太が親父さんの機嫌をはっきり判る様に、俺も龍太の機嫌がはっきり判る。聞いたらなんだ、建築中の教会を、抑に教会が判らない龍太が“何が出来るのだろう”と眺めていたら、暖かい目で祈り捧げて居た神父と目が合った。合った瞬間に、「其の眉間の皺は尋常じゃ無い」と云われ、魂に悪魔が宿って居るやら悪魔の囁きに耳を貸すなやら散々云われ、此の短気な龍太が黙って居る筈無く、俺を悪魔だという貴様が悪魔だ、教会等燃えろと、信じられない事に神父と喧嘩して帰って来た。カトリックもプロテスタントも変わらんと、何故か俺が八つ当たりされた、話し掛けるんじゃ無かった。此の二つの違いを説明する事は出来るが、兎に角機嫌の悪い龍太に関わりたくない、触らぬ神に祟り無し、逃げ様としたのだが、貴様其れでも友達かと捕まった。
「あの神父を如何にかしろ。」
「だから、そんなカトリックの事何か知らねぇよ。」
「大体悪魔とは何だ、其れの意味が判らんのだ。」
意味も判らず怒れるとは何と器用で迷惑な、然し、例えば全く知らない国の言葉でも罵られているのだけでははっきり判るから不思議で堪らない。
「悪魔って云うのは、人の心に入り込む邪推で不道徳な感情の事よ。」
「あ、お帰り姉さん。」
「お帰り為さい、姉さん。」
「ふふ、ただ今。」
姉が云う様に、人を惑わし、欲望を刺激し、善を悪と悪を善とする囁きが悪魔であるなら、だったら姉は一体何者なのか。悪魔其の物では無いのか。
「…姉さんみたいなのを“悪魔”って云う。」
「嗚呼、成る程。」
「一寸其れ如何云う意味よ…」
「悪魔の御帰還だ、早く帰れ龍太、魂腐るぜ。」
「やっぱり…、姉さんと関わっているから俺の魂が汚れていると神父から説教食らうんですね、良く判りました、恐ろしい女ですね。俺に関わらないで下さい。」
「そんな毒吐く龍太郎ちゃん嫌いよ…、龍太郎ちゃんが悪魔に見える…」
「汚れた…ッ、俺の魂が汚れたッ」
「おお大変だな、神父ん所云って浄化して貰え。」
「恐ろしい女だ…、帰る。」
怒りで目を血走らせる龍太に笑い、帰宅早々に八つ当たりされた姉の膨れっ面に益々笑いが出た。
「何なの…龍太郎ちゃん…」
「神父に説教されたんだって。」
「嗚呼。なら仕方無いわね。」
私でも神父の説教には腹立つもの、とソファに座った。此の場合の怒りは、俺達はプロテスタントであってカトリックでは無い、カトリックの人間が坊主に説法受ける様なもので、無意味で腹立つものでしか無い。
「珈琲飲む?」
「そうね、頂こうかしら。」
「やっぱり…」
「え、何よ。」
「珈琲って、悪魔の飲み物なんだよ。」
「…え。」
「淹れて来るね。」
「一寸…」
地獄の様に黒く、死の様に濃く、恋の様に甘い…此の関係はスプーンで計り切れるだろうか。




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