
参ノ型・幻惑の霞(4/4)

宇髄との任務から戻った後も、彩艶の頭からあの戦いは離れなかった。
止まらない斬撃。
流れ続ける足運び。
崩しと攻撃が、完全に繋がっていた。
夜。
稽古場には、木刀の音だけが響いていた。
踏み込む。
斬る。
流れる。
もう一歩。
彩艶は止まらず動き続ける。
だが、
「……違う」
木刀を止める。
息が乱れていた。
今のはただ速いだけだ。
宇髄の戦いとは違う。
彩艶は目を閉じる。
弐ノ型は、視線を誘導する型だった。
鬼に“見せる”。
そこへ意識を向けさせる。
だがその後、攻撃へ移る瞬間に“切り替え”が生まれる。
鬼はその一拍で戻ってくる。
だから届かない。
「なら……」
彩艶は木刀を握り直す。
「切り替えなければ……」
踏み込む。
今度は止まらない。
身体を流しながら、軌道をずらす。
右。
左。
半歩。
斬撃。
そのまま次へ。
だが、
「っ……!」
木刀の軌道がぶれる。
足運びと剣筋が噛み合わない。
彩艶は小さく息を吐いた。
難しい。
視線誘導だけなら出来る。
だが、動きながら認識をズラすとなると、全身の連動が必要になる。
少しでも乱れれば、残るのはただの隙だ。
数日後。
彩艶は山中で鬼を追っていた。
今回の任務対象は下弦。
既に複数の隊士が負傷している。
木々の間を抜けながら、彩艶は気配を探る。
――いる。
次の瞬間。
黒い影が枝の上から落ちた。
「遅ェ!!」
鬼の腕が振り下ろされる。
彩艶は横へ流れるように回避した。
そのまま弐ノ型。
「色の呼吸、弐ノ型――揺映」
視線を揺らす。
鬼の瞳が一瞬ぶれた。
今だ。
踏み込む。
だが、
「見えてんだよ!!」
鬼の腕が薙ぐ。
彩艶は咄嗟に後退した。
風圧が頬を裂く。
浅い。
あと一歩届かない。
鬼が笑う。
「小細工ばっかじゃねぇか」
彩艶は構え直した。
鬼の目は鋭い。
恐らく視覚依存が強い。
だからこそ揺映は通る。
だが、
“通るだけ”だ。
決定打にならない。
鬼が地を蹴る。
速い。
大柄な身体に似合わない踏み込み。
彩艶は反射的に動いた。
流れる。
止まらない。
宇髄の動きが脳裏を過る。
――止まる必要がない。
その瞬間だった。
彩艶の身体が、自然に斜めへ滑る。
鬼の視線が追う。
だが彩艶は、その軌道から半歩ずれていた。
鬼の認識が遅れる。
ほんの一瞬。
彩艶はそのまま、流れるように二撃目へ繋いだ。
斬撃。
さらに逆方向。
鬼の目が追いつかない。
「なっ――」
鬼の肩。
脇腹。
首筋。
複数箇所へ、ほぼ同時に斬撃が走る。
鬼が後退した。
初めて表情が揺らぐ。
「今……どこから……」
彩艶自身も目を見開いていた。
今の感覚。
弐ノ型とは違う。
誘導して終わりじゃない。
ズラしたまま、攻撃が続いていた。
鬼が吠える。
再生しながら突っ込んでくる。
彩艶は構えた。
呼吸を深く落とす。
肺が熱い。
視界が研ぎ澄まされる。
踏み込む。
流れる。
残像が滲む。
鬼は確かに彩艶を見ていた。
見えていた。
だが、遅れた。
斬撃は既に別の場所へ移っている。
紫の軌跡が夜へ散る。
鬼の身体へ幾筋もの斬撃が走った。
崩れる。
鬼は何が起きたのか理解できないまま、膝をついた。
彩艶は静かに着地する。
呼吸が乱れていた。
まだ未完成だ。
長くは保てない。
威力も足りない。
それでも。
確かに今、“崩しながら通した”。
鬼が崩れ始める。
その後ろから、低い笑い声が響いた。
「いいじゃねぇか」
宇髄天元だった。
腕を組み、楽しそうに口角を上げている。
「派手に惑わせて、派手に通してる」
彩艶は小さく息を呑む。
宇髄は笑ったまま続けた。
「だがまだ軽いな。ガタイ良い鬼相手なら押し切られる。」
「もっと斬撃を重ねろ。」
厳しい。
だが否定ではない。
彩艶は刀を握る。
胸の奥が熱かった。
今までとは違う。
壱ノ型でもない。
弐ノ型でもない。
認識を追い越して、斬撃を通す型。
彩艶は静かに息を吸う。
「……色の呼吸」
紫の残光が、夜の空気へ溶けていく。
「参ノ型――幻惑の霞」
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月下彩譚