06

あの日以降、かっちゃんはよく公園に来るようになった。そして、僕とそらちゃんによく突っかかる。だから、最初はかっちゃんにビクビクしていた僕だったのだが、かっちゃんが何度も何度もそらちゃんに振り回されて結局僕たちと遊ぶ、という日々が続き…。いつの間にか3人で遊ぶのが日常となっていた。
僕もかっちゃんとこうして遊ぶのは久々な気がする。“個性”を発現してからは、かっちゃんは乱暴者のいじめっ子になっていったから。砂遊びに夢中になっている彼女と渋々といった表情で参加するかっちゃんを見ながらそう思った。その視線に気づいたのか、かっちゃんがギロッと僕を睨みつけてくる。

「…何こっちみてんだ」
「い、いや…なんか かっちゃんとこうして遊ぶのって久々だなぁって…」
「はぁ?誰が遊んでるってこのクソデク!これはしょうがなくこの小動物に付き合ってるだけだかんな!!勘違いすんな!!」
「あ、…う、うん……」

急に声を荒げて僕にキレ始めるかっちゃん。そして、「できたー!!」と砂のお城が出来上がって喜ぶ そらちゃん。…何ともカオスだ。そんな雰囲気の中、僕たちの前に見知った女性が現れた。直後、スパァアアンと気持ちのよい音が鳴り響く。

「こらっ 勝己!!アンタ、また出久くんにちょっかいかけてんじゃないでしょうね…ごめんね出久くん、うちのバカ息子が」
「げっ!…ババア、何でここに」
「(かっちゃんのお母さんだ…)…い、いえ……」
「出久!」
「、お母さん!」

買い物帰りだったのだろうか、かっちゃんのお母さんと僕のお母さんが買い物袋を持って現れた。お母さん達の登場によってカオスな雰囲気が一旦落ち着き始める。かっちゃんは怒られたのが不満そうだけど。そんな中、こんにちはっ!と明るい声でそらちゃんがお母さん達に挨拶をしていた。「あらっ!」とお母さん達がそらちゃんを見る。

「かわいい子ね、お名前は?」
「わたし、そらっていいます!」
「そらちゃんね、勝己達と遊んでたの?」
「うんっ!そーだよ!!」

きゃあきゃあ、とそらちゃんを2人が取り囲む。人懐っこいそらちゃんはあっという間にお母さん達のハートを射止めたようだ。かわいい、かわいいとお母さん達は娘を可愛がるかのように彼女を撫でていた。

「そうだっ!…そらちゃん、今から一緒にお茶しない?」
「そうね、今お茶にしようって光己さんと話してたの」

一緒にケーキ食べましょ!とお母さん達が言うとともに そらちゃんの瞳が輝いた。

−−ーーーーー
−−ーーーーー

「ケーキおいしー!!」
「それはよかった!!」

所変わって僕の家。リビングでソファーに仲良く座った僕たち3人はケーキを食べている。僕とかっちゃんの間には現在進行形でそらちゃんがケーキを食べている。そして、その光景をお母さん達が微笑ましそうに見ていた。

「そらちゃんは本当に素直で可愛いわねー」
「…こっち見てんじゃねぇ」

かっちゃんのお母さんがチラッとかっちゃんを見てそう言うと、かっちゃんがその視線を煩わしそうに顔を歪めた。そして、「そらちゃんのお父さんとお母さんもきっと優しい人なんだろうね」と言った時、そらちゃんは不思議そうな顔でこう言った。

「?…わたしにはお父さんもお母さんもいないよ?」

−−両親がいない。
あんまりにも淡々と言うものだから、僕はそらちゃんの言葉をすぐには理解できなかった。


その後のそらちゃんはいつも通りだった。だから、僕もお母さん達も色々と思うところはあったけど彼女といつも通り話して、笑いあって。
夕日が暮れてきた頃、かっちゃんのお母さんはかっちゃんを連れて家に帰っていった。帰り際、そらちゃんに「今度はウチに遊びにおいで」と優しく撫でていたのが印象的だった。かっちゃん達が帰っていった後、そらちゃんも「わたしも帰るね」と言ってお母さんに挨拶をしていた。お母さんも「また来てね、そらちゃん」と言うと、僕に公園まで送り届けるように言う。

そして今、そらちゃんと並んで歩いている。いつもと違って大人しく黙っていたそらちゃんが「ねぇ、いずく…」と口を開いた。

「…いずくが“無個性”って本当なの?」
「!…もしかして、かっちゃんから聞いたの?」
「うん」

「“無個性”」。世界総人口の約8割が“個性”という何かしらの特異体質を持つこの超人社会の中、約2割の少数――つまり「なんの特異体質ももたない人間」を指す言葉。自分がその“無個性”と呼ばれる1人であると知ったのは4歳。ヒーローになりたいという僕の願いとは裏腹に、世界は残酷だった。“無個性”だと馬鹿にされた日々、「ごめんね」と謝るお母さんの涙。急に思い出してしまった僕は自然と視線を下げながら弱々しく呟いていた。

「…うん、そうなんだ。…なのに、ヒーローになりたいだなんておかしい、よね」
「…なんで?」
「だって、僕は…“無個性”で、」
「……」

急にそらちゃんは立ち止まった。下げていた視線を戻して彼女に振り返ると、その瞳は何故かいつもとはまた違った不思議な蒼い輝きを放っていた。吸い込まれそう。どこか不気味な雰囲気も感じるその蒼色に何故か目がそらせなかった。

「“無個性”だから、ってあきらめちゃうの?」
−−ねぇ、あきらめないでよ。
そう言ったそらちゃんは悲しそうに僕を見つめていた。