01

とあるタワーマンションの最上階。一面ガラス張りの窓からはいつも通り煌びやかなネオンがまるで宝石を散りばめたかのように夜空に輝く。そんな綺麗な夜景に目もくれず、その部屋の住人は明かりもつけずにキーボードを操作し続けていた。彼女が指を滑らせるたびにカタカタッとキーボードが音を立て、目の前のモニターには文字の羅列が浮かび上がる。そんな中、この場にひどく似つかわしくない破壊音が部屋の玄関先から響き渡った。

「おっと…もう気づいたみたいだねー」
【マスター、カメラ越しに確認できるだけで5人…頑丈な扉とはいえ突破されるのは時間の問題でしょう】
「時間はあとどのくらいある?」
【そうですね…扉を破りこのリビングへと突入してくるまで、およそ約2分30秒といったところでしょうか】
「了解〜♪」

存外早かったな、とケラケラ笑う彼女。そんな彼女の問いかけに答えるのは人間ではない。ソファーに乱雑に置かれたノートパソコンから機械音のような女性のような声で話すのはノートパソコンに潜り込んでいる人工知能であり彼女の相棒。
そんな会話の最中にも荒い音を立てている者たちは今頃、扉を壊そうと躍起になっているのだろう。もちろん、この部屋の住人である彼女がやろうとしている事を阻止するために。

「これでよしっ…と」

操作していたパソコンを閉じ、ノートパソコンだけを拾い上げて自身の小さなトランクへと詰め込んだ彼女は懐にしまっていた拳銃を取り出した。そして、夜景の見渡せる大きな窓ガラスへと数発撃ち込むとそれは月の光を浴びながらキラキラと輝きを放って砕けていく。一気に外の冷たい空気が部屋へと入り込み、ぶるっと身震いを一つ。風に乱れた黒髪を指で梳いていた彼女はふとイヤフォン越しの相棒−−いつの間にか彼女のスマートフォンへと乗り込んでいる−−に声をかけた。

「……この景色ももう見納めだね、マグノリア」

米粒程にしか視えない人々に高く連なるタワーマンション。夜には明かりが辺りを照らし人の活気満ち溢れる名も知らぬ場所。数え切れないほど遠い真下のこの綺麗な景色を見てきたが、それも今日で見納めかと思うと感慨深いものがある。

《…マスターは後悔、しているのですか?》

…彼女にもう迷いはなかった。大きな足音とともに複数人の黒いスーツの男たちが乗り込んできたと同時に、彼女は派手に割った窓から何の躊躇いもなくその身を乗り出して真下へと落下していく。
−−この日、とある一人の人間が姿を消した。

▼△▼△▼

……と、まぁこんな感じで命からがら通称黒の組織と呼ばれる犯罪組織から抜け出して約半年前が経ったわけで。未だに組織だったり、どこからか私が抜け出したことを嗅ぎつけた諜報機関の皆様方が追いかけてきていたりしていますが、私は今日も今日とて平凡な生活を満喫してr《どこが平凡なのでしょうか。マスターの考える平凡の基準には理解しかねます》ちょっ!!急に人の心を読まないでっ!!

《あなたのこれまでの思考パターン、そして感情に伴う表情筋の動かし具合などを分析していけば、だいたい考えていることの推測はできますので》
「マグは優秀さんだねぇ」
《お褒めにあずかり光栄です》


…まぁ、こんな感じで月森紗夜は今日も元気に、そして晴れて自由に生きてます。

01.レジスタンスの真似事
Title by moss.