Chapter10


「なぁ恐山」
先に食べ終わってしまった俺に、矢内は俯いて言った。垂れた前髪のせいで、表情は分からない。
ただ、声の柔らかさと釣り合わないくらい、スプーンを握り締めているのは手の白さでわかった。
「――昨日はほんと済まなかった」
矢内は俺に罰して欲しかったのだと、昨日俺と重ねたとの同じ、その口で言った。
罰ね……と心の中で繰り返してみる。どう受け取ったらいいのか、分からずに。
大人になって分かったこと。矢内にとってアレは、どうやら自傷癖の延長であるらしいということ。
矢内にとって俺は、一番古い、馴染みの友人だろうが、それでも一体何があって矢内があんなことをするようになったのか、そのきっかけを聞いたことがない。
俺のほうからは到底聞けないし、矢内が話したくないんだったら、それでいいかってとっくに諦めていた。
ただ、そんな俺にも確実にいえることは、矢内にとってアレは、好きな人と繋がれるなんて甘やさしい行為じゃないし、単に愛情を伝えるだけの表現でもないのだろう。

罰してって……
「俺に抱かれんのが罰になるのかよ」
あ、と思ったときにはすでに遅く。
しまった、声に出しちまった。
しかも喧嘩用の声音だ、これは。
時間が凍ってぴたっと止まる。しかし、またすぐ流れ出す。
「ああ」
という矢内の返事を聞いて。
「そうやって、君に嫌われるのが最高の罰になる」
ふふと矢内は自嘲気味に笑うけれど、出汁にされるこっちはたまったものじゃない。
再び苛っと来た。
「……矢内」
と呼んで、無防備に顔を上げたところを襲ってやった。この気持ち、ぶつけるみたいに。
甘さもへったくれもないカレー味――
この言い回しはちょっとどうかと思うけれど、それでもこのじゃれ合うような餓鬼くささを失ったら、もう一緒に堕ちていくしかなくなるのだろう。
矢内が先に参ったというように、俺から離れた。
俺は他にどうしようもなくて、くすくす笑ってみせる。
全く悪意はないのだけれど、俺は矢内を弄んでいるかのような錯覚に陥った。



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