Chapter16


俺が重ねようとした口唇に



矢内は指先三寸当てて、押しとどめた。
それはいつもの矢内だった。
「止めてくれ、恐山」
矢内の手には全然力がなかったけれど、俺はただ無表情に矢内を見つめ返した。
「お前のそれは、やっぱりわたしには罰にならない……」
泣いているような、矢内の声がそれでも俺を拒もうと凛と響く。
だけどそれは矢内にはつらい事実でも、俺にとっては喜ばしい言葉で。
「だったら、薬でいいよ」
と矢内の手をどかして握り返すと俺は言った。寄り添ったまま甘えるように体重をかけたら、矢内は倒れずに持ちこたえてくれた。
「〜っ」
てーかそうじゃないと、俺に押し倒されてしまうから必死だった。
「馬鹿か、恐山っ」
とマジで焦っている様子だったが、
「――離れるのも億劫だろ」
俺がもう一方の手で矢内を抱き寄せると、ちょうどお互い支え合うような形でバランスがとれ、俺がその気でないとわかったのか、矢内は少し抵抗をゆるめた。
「……き、」
だがしかし矢内は二の句が継げない。
「たまには俺のわがままも聞けってんだ」
耳たぶを軽く噛んだあと、優しくそう言ったら、矢内は俺の腕の中で萎縮して小さくなった。
どんなに俯いても、頬が熱くなってるのは隠せない。
こういう矢内の反応を見る度俺は、昔矢内を買ってった奴らを全員殺したくなる。
矢内は微かに頷くと、俺と繋いでいる手を解き、段ボールの前に跪くと中に手を入れた。その手が大事そうに持ち上げたのは二羽の死骸。
それを抱くようにして座り直した矢内を、俺は暗黙の了解のように抱きしめた。
そんなことにひく感性など、とっくに麻痺してしまっている。
異常だって思うことが、その人を異常にしてしまう。
矢内の側に、曲がりなりにもいたいなら、俺は強くなければいけない。
矢内がこつんと頭をぶつけてきた。
「恐山、ありがとう――」
その行為が、その言葉がそのまま、俺に寄せられた信頼のようで。
俺はぽろぽろ涙をこぼし始めた矢内から、もらい泣きしそうになってしまった。



- 16 -

*前n | 戻る |次n#

ページ:

*