chapter2


……全く悔しいったらない。
「モミマンって、やらしいもんだと思ったんだろ?」
案の定恐山はけらけらと大笑いした。先生は気を使ってか、ベッド脇の椅子に座るわたしの顔を見もしない。……うっすら赤くなっちゃってるし。
ずっとここにいると、季節感がない。暑いも寒いもない。
部屋の花瓶には、赤い紅葉の枝が一本ささっていた。恐山が先生に見せようと持って来たらしい。
意外と風流なとこあるじゃない、と素直にほめることが出来ないのは、
「何だと思ったの? モ・ミ・マン」
「……」
眼前で囁かれて、わたしは真っ赤になってしまう。
言わさないでよ、女の子に。そんな言葉に引っかかったことだけでも、恥ずかしくて仕方ないのに、イジらなくてもいいじゃない。
それも……好きな人の、目の前で……――
「玲衣って肉桂(ニッケ)とかもやらしいもんだと思ってた口だろ?」
「……そ、そんなわけ、ない」
否定したいけど、図星だったから、口がうまく回らなかった。
もうっ、何なのよ、コイツ!
「――恐山君、止めようか? そろそろ目に余る」
「はいはい」
軽く諫める声に、肩を竦めて笑って、恐山はあっさりとその話題を引っ込めた。
「しかし、玲衣も来るとはね」
そだね、とぱっと花が咲くように笑って、先生はこの空気を入れ換えようとしてくれる。ちょっと救われた気がする。
「玲衣ちゃんね、何かと来てくれるんだよ。おもしろい本、持って来てくれたり」
「へぇ。……で? 首尾は?」
と恐山はわたしに向けて、おどけたように訊いて来る。何の首尾? っと首を傾げる先生。
対先生用に作ったわたしの笑顔に、ぴきんと罅が入る。
わたしと恐山、二人だけに通じる会話で良かった。
先生の手前、赤くなるだけだったけど、恐山と二人きりだったら多分手が出ていた。
「あんたね、」
「――ま、せっかく来たなら、一緒に食えよ。モミマン」
固めた手に軽く押しつけられるように、手渡された。不意に向けられた穏やかな笑顔にドギマギとする。
……しばらく直接会ってなかったけど、恐山ってこんなに屈託なく笑う奴だっけ……? 内心首を傾げた。



美味しい。
恐山が言ってたとおり、甘くって柔らかくって。
……紅葉饅頭に罪はない。

訊けば、冒頭の会話は、体重を気にしている先生に恐山が一つくらいいいんじゃねぇの? せっかく持ってきたんだからさと迫っていたのだそうで――

結局、わたしが食べるのを見て、じゃあわたしも一つと先生が陥落し、甘いものは好きじゃないと言っている恐山も一つ手に取った。でも、手に取るだけで、食べはしない。
……気になりはしなかったけど、恐山は前会ったときより少し痩せた気がする。
「先生、外は食い物がうまいから、絶対太ると思うぜ?」
だけど、その口調に以前ほどの陰はない。
「そう、なのかな」
「病院食は味が薄いから」
「そうか。外に出たらまず何食べよう」
「――何の話してるの?」
わたしが饅頭を食べ終えて口を挟むと、恐山はわたしの方を見て
「谷川が、退院するかもって話。……俺の見立てじゃ、まだ当分無理だって思うけどね」
「そうなんだっ。じゃ、協力できることあったらわたしも何でもします! 服選びとか、良かったら手伝わせてくださいっ!」
「そう? じゃ、甘えようかな」
「ほんとっ」
嬉しくて手を合わせた。
「おい。……たく。まだまだ先の話だろうに」
「そういう恐山君だって、さっきなじみの定食屋に連れて行ってくれるって約束してくれたじゃない?」
「……ちょ、先生」
なんだ、結局同じレベルじゃないの、と少しほっとして、笑みがこぼれてしまう。

どうしてだろう。
この場所はあたたかくて、ほんと離れがたい。

わたしにしては珍しく、ここで出会った人たちのことは、気に食わないとは思わない。この人たちで良かった、とさえ思う。
なくなってしまうことは悲しいけれど、わたしの中ではきちんと消化できている。
思い出し始めたら、日向も呼びたくなって来る。元気にやっているのかなぁ?
「……」
本当はあと一人いた気がするのだけど――
よくは覚えていないのだ。二人にこの場で確かめるのは怖かった。知らない、と言われるのが怖くて。
でも、二人も同じなんじゃないかなと不意に思った。
いつか、訊いてみたい。
意外と、二人とも覚えていて、パズルのピースを持ち寄るみたいに、その子についての話が出来るかも知れない。




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