chapter16


「そう」
と、呟いて話を引き取ったのは恐山だった。
「だったら矢内は、ちょっと変わった夢を見てるつもりでいろよ。俺たちもそうするし、矢内が目を覚ましたいなら協力するしさ」
な? と恐山は、七瀬に横目で問う。有無を言わせない口調に、
「な、何言ってんの!?」
と七瀬は、おどおどしながらも突っ込んだ。
「矢内ちゃんに一番側にいて欲しいのは恐山じゃん!」
「矢内の大人になった姿を、見られただけで儲けもんだろ」
「そうかもしれないけど、でも! ……協力は俺がするから、恐山は少しでも矢内ちゃんの側にいることだけ考えろって」
傍で聞いていて驚いた。恐山に対して、こんなに強い物言いをする七瀬をわたしは見たことがない。
恐山は目をぱちくりすると、分かったと目を閉じ頷いた。恐山はこっちに戻って来たと思ったら、わたしの背後に回り、わたしをぎゅうと抱き締めた。
本当に大切なものでも抱き締めるかのような優しい感触に心臓が跳ね上がる。
「……これでいい?」「良し」
七瀬は、親指を立てるが
「よ、良くない!」
流れるような二人の会話に、声を上げたのはわたしだ。
「こ、こんなの」
七瀬の前で羞恥プレイでしかない。それを分かっているのか恐山は、少し楽しげに
「何?」
とわたしの耳元に面白そうに囁く。くすぐったい。
「あー、ごほんごほん」
流石に見兼ねたのか、程々赤くなった七瀬が大きな咳をする。
「――それより、何? 七瀬、その大荷物?」
「ああ、これ?」
七瀬がやっとおろしたリュックから取り出したものは、お酒の缶とスナック菓子。それから着替え。パソコンとDVDを何枚か。
「折角だから飲みながら話でもして、今日はこっちに泊まらせてもらおうと思って」
「泊まる気なんだ」
「昨日の夜は遠慮したけど、事情ももっと知りたかったし、二人じゃ話が進まないだろうし」
「正解。昨日からキスしかしてない」
「ぶっ」
わたしは恐山に後ろから抱き締められ、ドキドキしたままで、恐山と七瀬の会話は碌に頭に入らなかった。
「あ、ていうか二人とももう飲んでるじゃん」
空けっぱなしの酎ハイの缶を見つけて七瀬は、ずるいと持参の酎ハイを開けようとした。と、そこに恐山の声が飛ぶ。
「先に風呂、入って来いよ」
「ババンババンバンバン?」
「勝手は分かるだろ。次、俺で最後矢内、でいい?」
七瀬とわたしは、了解と返す。じゃ行ってくる、と七瀬が着替えを持って部屋を出ると、恐山と二人取り残された。
「……今日は抱っこだけにしとくか」
返事の欲しそうなため息を吐くので、
「君は慣れすぎだぞ」
と一言蹴っておく。
「七瀬みたいに童貞拗らせてるほうが良かった?」
「……え゛」
突然聞かされた特に聞きたくなかった情報に青くなる。
「七瀬ってそうなのか? わたしのせい?」
「ってか俺のせい」
と、恐山はわたしの肩に顔を埋める。
俺のせいとはどういう意味なのだろう。
向こうでは、七瀬は大学で出会ったという可愛い恋人がいて、そのうち結婚する予定だとか言っていた。
わたしたち三人の中ではどちらの世界でも、七瀬が一番まともだと思っていたのに、わたしの不在が邪魔をしたようで何だか申し訳ない。



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