本来相容れない



「海賊王、だっけ」

 コーヒーを入れようとカーラが言い出したのは、船が襲われて5分と経ってない時分のことだった。
 こんな状況で飲めるなといっそ感心する。焙煎機が激しい音を立てる以外に、部屋の内外から音はしなかった。まれに外からどおんと重い音が響いてきて今の状況を思い知らされる気分になる。

「そうそう。ワンピースを手に入れた者が海賊王よ」
「それってなんなの?」
「うーん、この世の全てらしいわよ」
「結局分からないんじゃん…。海賊王になって何が手に入るんだか…」

 心底呆れた気分で呟いた。名声?富?だが結局は賊は賊。意味などない気がするのだ。思想も理念もないぶん、革命軍よりタチが悪いとしか言いようがなかった。

「それが男のロマンなんでしょー?サボもいちおう、海賊上がりなのよ。いちおうね」

 その情報、聞きたくなかったな…とアルカは気が遠くなりかけたのを感じた。それただの荒くれ者じゃ…?
 アルカはコアラらが怪我をしないか、今にも海賊が船内に入ってこないかと気が気でないが、カーラはすこしの憂慮もない。鼻歌を歌いながら食器棚から次々とティーセットを取り出していた。

「わたしが言うと推奨に聞こえるかもしれないけれど」

 カチャリとカップを置いたカーラの脳裏に浮かぶのは革命軍No.2とその片腕と言うべき女性。そしてハック。もちろんそれ以外にも兵士がいる。その誰もが強い。心配等したところでむしろ失礼だ。

「この船のメンバーめっちゃくちゃ強いのよね」

 カップと、カップソーサー、スプーン。ああ、ミルクと砂糖がないなと思い直したカーラは冷蔵庫に歩み寄ってミルクを取り出した。静かだな、と振り返って見たアルカの様子に、思わず目を半目にした。

「くっっっら」
「いやだって…心配じゃん…コアラさん強いのは知ってるけど心配じゃん…」

 どよんと俯いたアルカを景気付けるようにミルクのボトルと角砂糖の瓶をどんと机に置いた。この際だから砂糖をたっぷりと入れてやろうなどと考えた。好みは知らないが、糖分とカルシウムですこしは不安も落ち着くだろう。

「わたしなんて海賊の方に同情してるくらいなんだけど」
「何この温度差」
「だってほんとのことよ」

 今頃外では海賊側が阿鼻叫喚のはずだ。なにせ、この船には革命軍の幹部が3人も乗っている。大海賊との衝突でもない限り負けやしない。彼らには確かな実績と実力がある。そんなことを知らないアルカの気持ちは分からないでもないぶん、見ている側は面白いのだがそれも最初のうちだけだった。だんだんと見飽きたというのが率直な感想。

「どうせ無傷だわ」

 ずいっとカップに注いだコーヒーを差し出した。いるとは言われていないが、ここはひとつ、落ち着くためにも飲んでほしいところだ。
 きっとアルカもしばらく革命軍と一緒にいれば自ずと理解するだろう。この船の乗組員は規格外に強い。

 目前に差し出されたコーヒーの芳しい香りはさぞアルカの鼻を擽るだろう。だがアルカはわずかに眉を顰めていらないと首を振った。

「飲みなさい。ミルクは多めをおすすめするわ」
「人の話聞こ?」

 アルカはちらりとミルク入れを見て、なかなか目の前から無くならないコーヒーカップを見た。さぁ、とまた近くなったコーヒーカップに観念して、まだ熱いカップを受け取った。ひとまず机に置いたが、ミルクを入れてやろうとミルクピッチャーに伸びた手を見て慌ててブラックのまま口にした。

「ブラックがお好みだったの」
「いやわたし飲んでるコーヒー全部ブラックだったはずだけど!」
「知らなかったわ」
「うそでしょ???」

 少しずつコーヒーを飲み下すアルカであったが、その顔は未だ険しい。兵器やそれに関わるものをとくに毛嫌いするというから、根本的に争いごとが嫌いなのだろうとは察せられる部分だった。
 外から「カーラ〜!」と明るいコアラの声がした。戦闘が終わったらしいとカーラはひとつ笑んで立ち上がった。

「サボがケガした〜!」
「うっっそでしょ!?!?」

 あのサボが???
 ガタリと音を立てて立ち上がったカーラは慌てて医務室の扉を開けた。パタパタと軽い足取りでやってきたコアラの後ろから、サボがひょっこりと顔を出した。怪我という割には、元気そうだ。あからさまなほどに、不機嫌に顔をしかめていた。

「油断した。…いやしてねぇけど。油断した」
「人はそれを油断って言うのっ!」

 コアラがつよくサボを睨めつけたが、サボはそれをうっとおしげに上体を逸らすだけにとどめていた。ズカズカと中に入ると椅子に座ってカーラに足を差し出した。ふくらはぎ部分がズボンごとぱっくりとわれて次々に血が溢れてズボンを濡らしている。
 アルカは思わず視線を逸らした。見ているだけで痛い。「ここだけ?」「ここだけ」というカーラとの短い会話の後、2人でゴソゴソと治療する音を聞きながら意味もなく視線を本棚に向けた。それ以外に目を向ける先が無かったというのもある。

「相手はただの海賊でしょ?」
「まぁな。 ルンルンと手を組んでた海賊の本隊だった」

 サボの言葉に驚いて2人の方に目を向けた。そーだよーとコアラが相槌をうっている。サボの後ろから足を覗きこんでいる。平気そうなのは、きっとそれだけ場慣れしているからだろう。

「報復だったみたい。ランバットに隠れてたみたいだね。ルンルンのことを聞いて、色々揃えてここまで来たみたいだね」
「色々?」
「いろんな武器持ってたよ。まあすぐ鎮圧できたけれど」

 色々、とはつまり武器だろうか。どんな武器を用意してきたのか気にならないではないが、口をはさめるような間柄でもない。何より傷を見たくないのでアルカは引き続きそっと視線を逸らしつづけた。カーラがおわり、と明るく言ったところでやっと視線を向けた。
 するとばっちりとサボと目が合ったので驚いた。サボもサボで意外そうにしている。

「なんだよ、血は見慣れないのか」
「いや見慣れるわけないから!?」

 一緒にしないでほしい。

「この船で一番あんたらのことを心配してたのはアルカね」
「わ!心配してくれたんだ!ありがとう!」
「するだけ無駄だけどな」
「サボくん!」

 まるで兄弟を見ているような気分になる。真剣な話も、普段の無駄話も、お互いに注意しあえるこの関係は見ていていっそ気持ちがよかった。どれくらいの時を一緒に過ごしているのかは分からないが、互いによく理解し合っていることはうかがえた。
 コアラは何故革命軍に入ったのだろうか。サボは何故海賊に身を落としたのだろうか。──そしてそれを見守るカーラは、何故彼らの為にその知識をふるうのか。
 すこしだけ興味が出た。持つべきでは無い興味である。ふたりの会話を楽しそうにケラケラ笑っているカーラをぼんやりと見ていれば、コアラがふとアルカに目を向けた。

「そういえば、アルカちゃん不安だったんじゃない?」
「わたしよりコアラさんが心配でしたけど…」
「ふふ、ありがとう!」
「わたしと海賊王の話をして気を紛らわしてたわよ」
「ええ?アルカちゃん海賊に興味でたの?」
「いや興味持ってない興味持ってない勝手なこと言わないでカーラ」

 コアラの丸い瞳がじっとアルカを射抜いた。興味深げに「どんな話したの?」と聞いてくる。まるで幼稚園児に友だちとのお話内容を聞きたがる母親だ。この船にいて、コアラとカーラには特に世話になっている自覚がある分、アルカはこのふたりには特に逆らえない。カーラは距離が近すぎていっそ拒絶しやすいのだが、コアラはそうはいかない。
 なんでこんなお話しました〜という報告をいれにゃあならんのか。サボもちらりとこちらを見ている。サボに関してはアルカがどんな情報を仕入れたのかを確認したいだけかもしれないが。

「別に……結局ワンピースってなにか分からないんじゃんって話とか…そんな感じ」
「あ〜〜〜〜」

 確かにそうだと言わんばかりにコアラが深く頷いた。

「そのために海へ出ちゃう人が続出するんだからすごいよねぇ」
「理解はできない」
「んー、まぁ男のロマンってやつなん……」

 コアラがさきほどのカーラと同じことを言おうとして、閉口した。驚いたようにアルカを見つめている。
 なんだろうかと首を傾げたとき、視界の端に確かに光る電子光を見た。