Don't forget, My Sin.
サボとコアラ、それから大柄な男性が1人。
「圧迫面接ですか?」
思わずそう言ったのは悪くなかったと思う。
ハックと名乗った男性は思ったよりも穏やかで優しい気性らしかった。ある意味サボよりも安全な空気がある。
これがルンルンの全て、と渡された資料にはルンルンの学歴と関連研究施設名とその所在がかかれていた。これらを回ってみたい気もするが、どうにも危なそうなのですこしだけ考えることにする。この資料をもらえるとは思えなかったので、頭のなかに叩き込むように文字列を追った。
「…ルンルン、海賊だったんですか…」
「と、いうより、海賊を手を組んでたんだな。海賊はいい武器を手に入れられる、ルンルンは資金源を手に入れられる。そういう関係だ」
なるほど、ビジネス関係が出来上がっていたのか。さきに全体はさらりと目を通したが、目下大きな情報というほどのものはなさそうだった。地道に調べるしかあるまい。…一番大きな情報を持っていそうなのは、ルンルンを殺害した正体不明の誰か、であるのだが。
「ルンルンを撃った奴って、もうわかってるんですか?」
コアラが残念そうに首を振った。
「ごめんね、足取りは全く」
「そう、ですか…」
「でも、もしかしたら、わたしたちが追っているものの先に、アルカちゃんの記憶が関わってるかもしれない」
革命軍が追いかけるものとは、なんだろうか。聞いてもいいのかすこし迷ったが、むしろ話を聞きたいのはコアラらなのかもしれない。何かしらの協力を求められるような空気感を感じていた。そのためにサボやハックが来たのだろうことは察することができていた。
記憶のないアルカとしては、話してくれるというのならばぜひききたい。「聞いてくれる?」とすこし上目遣いできかれて、思わず二つ返事で了承した。
「兵器の話なの」
「兵器…」
「うん。病室でも言ってた、“悪質な兵器”のこと。これが出回りはじめたのは半年ほど前のことなの」
コアラが神妙に口にしたのは、その生物兵器の威力と毒性だった。
爆弾が炸裂した場所は、数ヶ月は人も近寄れなくなるとのことだった。その爆薬を調べてるときに、エリーゼのことを掴んだ。
人の血を搾取して作成されている兵器。一般人も多く巻き込むその爆薬は、あまりにも人道から外れていると判断した革命軍は、エリーゼからのSOSを受けて何名かの戦闘員を派遣することを決定した。
「でもね、その爆薬を調べているときに、もうひとつ出てきたものがあるの」
その時、静観に徹していたサボが足を組み直して机に肘をついてアルカを見た。
「 “プロメテウスの火” 。島ひとつ吹きと飛ばすくらいなら造作もない兵器らしい。聞き覚えは?」
兵器名だったのか、というのが率直な感想だった。だが、残念ながら覚えがない。黙って首を振ると、サボは「そうか」と呟いて考え込んだ様子だった。その隣から、ハックがアルカの様子を伺うように訪ねてきた。
「アルカ、記憶喪失のところを失礼なのだが、“プロメテウスの火”と聞いて何か連想するものはないか。ヒントになればと思うのだが」
「……すみません」
「そうか。いや、こちらこそすまない」
手詰まりだった。ルンルンの資料にはプロメテウスの火等という記述はすこしもない。いっそ無関係と言われた方がしっくりくる。
ならばルンルンは何故殺害されたのか。あのタイミングはどう考えても口封じだった。ルンルンが何かを言う前に、封じなければという意図すら感じた。
「…そうだ、ルンルン、アリスタルコスって言ってましたよね。そんな地名とか名前とか、ないんですか?」
「…アリスタルコス?」
サボがすこしだけ不振そうに聞き返した。何でそのような反応をされるのかわからず、思わずたじろいだ。
「…えっと、ルンルンがわたしに言ったんです、アリスタルコスって」
「違うよ、ルンルンはアルカちゃんにアリスタル、まで言って撃たれたんだよ」
「え…」
コアラに指摘された。そう、だったろうか。そう言われた気がしたのに、気のせいだったのだろうか。
「ま、これではっきりしたな」
サボが頭の後ろで手を組んだ。
「やっぱりお前は、何かしらの形で“プロメテウスの火”に関与している。少なくとも開発者と縁深い」
サボの予測に、反論の余地は無かった。ルンルンは死の間際、確かに『開発者のアリスタルコス』と言おうとした。記憶が無い分、是とも非とも言えないのが現状でもあったが。
それで、とサボがアルカを指さした。
「革命軍はアルカを保護したいと考えている」
「…なんで?」
「“プロメテウスの火”は危険な兵器だ。おれたちはその兵器を完全に亡きものにしたい」
「その対価は?」
アルカは手を貸せない。なにせ、提供できるものをなにも持っていない。知識も、後ろ盾も、持っているものがなにひとつない。たとえ記憶が戻ったとして、それが彼らのプラスになるとも限らない。最悪の場合、アルカは記憶が戻った瞬間に彼らを裏切ることすらあり得る不安定な存在だ。しかも革命軍は争いを起こす側の組織であると言うなら、なおさらアルカの心情としては協力し難いものがあった。
「対価は不要。ああ、けど、船の機関が壊れたときは助けてくれ。思い出した時に問題があれば、その時はその時だ」
「そんなことで…」
「そんなことじゃないよ。わたしたちとしてはとぉっても助かる!わたしたちだってアルカちゃんを利用してるんだから、おあいこだよ」
コアラがグッと近寄ってきた。ノーとは言えず、黙っていとサボが満足げに「じゃあ決まり」と言って席を立った。
「“アリスタルコス”について調べよう。お前、それをなんだと思った?おれは人名じゃないかと思ったけど」
「…すみません、何かの名前かとは思いましたけど…」
「ハックは?」
「同じくだな。“開発者のアリスタル”、“開発者のアリスタルコス”…どちらにせよ、人名のようでもあるが、その後に何が続くかわからないだけに、人名と決めつけるにも…」
サボがすこしだけ考えるそぶりを見せた。コアラがサボの帽子をとって彼に差し出した。それを受け取ったサボは帽子をくるくると回しながら視線を宙に投げた。
「ま、そうだよな。…俺たちはまだもうすこしこの島を調べるつもりだ。お前も、別の島にいく予定みたいだったけれど」
うかがうように視線を向けてきたサボに、アルカは深くうなずいた。
「大丈夫。よろしくお願いします」
電子音が絶え間なく鳴り響いていた突貫工事で取り付けた粗末な照明だけが、頼りなく広い室内を照らし出していた。
人の大きさほどもある10数個のコンピューターを直列に繋ぎ、演算を行わせていた。その基盤をひとつひとつ、黙々とチェックする影があった。白衣は小綺麗だが、その下の衣服は毛玉が多く、衣服に頓着しない様子がよくわかる。くるくると渦巻く彼の髪は黒に近い焦茶で、その瞳はそれ以上に黒い。
「ジャンくんったら、まだ引きずってるの?あの子の自殺」
女の甲高い声が木霊した。室内には女と、作業する男しかいない。女が話しかけたのは、作業する男──ジャンと呼ばれた──なのだが、男はすこしも手を休めることなくやはり黙々と作業するだけだった。
「……」
「ええ?無視って酷ぉい」
「……」
ジャンの手が止まった。やっときく気になったかと女はほくそ笑んだが、ジャンは懐からメモとペンを取り出して数字の羅列を書き込むとまた作業に戻った。全く聞いていない。
「ちょっと!いい加減にしてよ!!」
すぐ近くまで寄って大声を張り上げると、やっとジャンがその手を止めて女を振り返った。少ない光をよく吸収する、ガラス玉のように綺麗な瞳が女を映した。綺麗だが、そこに感情らしい感情はない。嫌悪も、好意も、何もかもがない、無の瞳と言えた。
「ここにいるなら手伝えよ。手伝えないなら邪魔だからどっか消えろ」
「や、やだぁ〜!ジャン冷たぁあい!でもそこがイイ!」
「……」
くらりと女が体を抱いてよじらせた。心臓がドキドキする。ジャンの目に若干の嫌悪が見えた。それに余計にぞくりとしたものが走る。
「君すごくイイ。あの子が死んでからの君、本当に可愛くって、いじらしい」
顔を近づけると、よく反射する瞳に歪んだ己の笑みがよく見えた。
「手伝わないなら出てけ。プロメテウスの火はまだ試作中だし、発動に時間がかかるんだ」
そうジャンが言ったとき、外から女を呼ぶ声がした。
仕方がない。「じゃあ行くね〜」と言って部屋を出る。当然、返事はなかった。
部屋を後にした女は部下とともに廊下を進み、外へ出た。
「まぁた博士のところに行ってたんですね」
部下が呆れたように言ったが、女はふふと笑うだけに収めた。
どんどん精神をすり減らす男の顔は、毎回会うたびに酷くなるばかり。それはこれ以上となくみていて気持ちのいいものだった。
──ああ、人の絶望は、なんて甘美なのかと思わざるを得ない。
「すみません。サンプルは回収し損ねました」
「いいわよ。そのかわり、“彼女”。 見つけたんだってね」
「ええ。ランバットで確認できました」
「あら。結構近いじゃない。最高のタイミングでジャンくんに会わせよぉーっと」
そう、彼を蝕む“彼女”の存在が確認できた。けれど、そのことは教えてあげない。もっと、もっと彼を絶望へ、もっと取り返しがつかなくなってから。
「ふふ、罪深いわよねぇ。どんどん彼を蝕んでるんだから」
空には丸い月が浮かび上がっていた。
戦争を変えた女、人々に存在こそが罪と言わしめた“彼女”の名は何と言ったか。
「…ねぇ、 」