始まりは2月。敵の潜伏が危惧される島にヒーローと警察が集まっていた。人口やく数百人の島は船で5分程度の小さな島だった。
 ワープが個性の敵はあちこちにゲートを繋いでは行き来を繰り返していた。ヒーローが到着した頃には、島の至る所にワープゲートがあった。どうやらワープゲートはその場に放置することが出来るようだった。
 その実、ヒーロー達がワープゲートを通り過ぎるにも、ゴムのように弾力のある壁があるだけで、通り抜けはできなかった。
 厄介だな、と警察の1人が呟いた。

「敵も疲弊しているはずだ。力技には頼れないだろう。事実ワープゲートも当初のものより小さい。点在させているから、という可能性もあるが」
「島の住人に手を出されたらかなわん。応援は呼べるか」
「何名か要請している」

 警察の会話を耳に挟みながら、シンリンカムイは視線を上げた。島の8割は森の、小さな島だ。彼が呼ばれたのは樹木の多さ故である。索敵を得意とする相棒に気配を探らせつつ、シンリンカムイは島民の書込みのある地図を目に焼き付けた。地図には乗らない、どこになにがあるという彼らの情報はこうした自然地帯では実に貴重であった。

「シンリンカムイ、いました」

 相棒の密やかな声を聞き、シンリンカムイは警察の1人を呼んだ。相棒が声を潜めた理由等ひとつしかない。
近くにいるのだ。
 相棒は地図のある一点を指さした。ここからわずか10メートルほどの藪の中であった。なるほど、こちらの様子を伺っていたらしい。

 場所がわかれば簡単だ。 とらえるだけである。
 そこからは速やかであった。警察の包囲が済み次第、シンリンカムイが先手必縛のウルシ鎖牢で捕らえた。
 それで終わりのはずであった。

「くそ…!くそ、くそくそくそ!!!」

 敵が悔しげに声を荒らげた。インカムから「各地のゲートが消えました」と通信が入る。
 かれの足元に巨大なゲートが産み出された。シンリンカムイの足元まで及ぶそのゲートに驚きこそしたが、対処は出来る。それよりも、シンリンカムイは敵の顔色にぎょっとした。

「真っ青じゃないか!!個性の使用をやめるんだ!」
「ぁ、…ぁ…ぁぁぁ…とまら、とま、止まらな…!!」

 ばちんと弾けるような音がした。ワープゲートがその隅をばちばちと弾けさせながら広がっていた。
 ──個性の暴走
 脳裏にその言葉が過ぎった。

「あ、あ゛あ゛あ゛…っ!と、ま…」

 ひゅうっと敵の喉がなった。過呼吸気味になった敵にはほぼ力はない。個性の持ち主たる男にはそれを制御する体力はない様子だった。暴走する個性は男の体力さらに奪い、ありとあらゆるものを飲み込んで小さな爆発を繰り返した。やがて敵がガクリと意識を失うとそれらは収縮したが、眩く光るその様子に、エネルギー自体は失われてないのがわかった。
 やはり敵の体力が心配であった。拘束を解き、敵をかつぎ上げようとしたとき、敵が身を守るようにワープの中に沈み込んだ。正確に言えば、薄い膜のようなものであったワープゲートが膨らんで敵を飲み込んだ。

 この世のものとは思えぬ咆哮が一帯を揺らした。その瞬間だった。どうっと重い音を立てて山のような巨体がゲートから姿を現した。真っ黒な獅子のような見た目、顔はどことなく老人のようでもあった。首元まで覆うような巨大な角が幾本も連なり、尖った牙と濁った血のように赤い瞳が獰猛さを物語る。足の腕だけですでに成人男性並の大きさであり、一歩踏み出せば地鳴りがおきた。
 大地をも揺らすような咆哮が響き、ビリビリと肌を焼く。その衝撃は体を普段のように動かすこともままならないほどだった。その直後、その巨躯が猫のように飛び上がった。木々がなぎ倒され、土埃が砂嵐のように舞い上がった。その巨躯からは、想像もできないほどの素早い動きであった。その先では、いつの間にか咥えられていたらしい敵が無残にも食い千切られていた。

「(まずい…。これは、まずい!!!!!)」

 シンリンカムイは焦る手を押さえつけながら通話ボタンを押した。村に、たくさんの人がいる。

「にげろ……」
『シンリンカムイ…?』
「にげろ!逃がすんだ!住民を、一刻も早く!こんなのが町に行けば…   全滅だ!!!」