作戦に参加したオールマイトもその回復力には舌をまいた。力いっぱい殴れば流石の巨体も吹っ飛んだし、ダメージは明らかに入った。しかし、あっという間に回復してしまうし、生け捕りにするにも力が強すぎてオールマイトといえど長期的な拘束は難しかった。
 ならばと、一時的に動けないように拘束し、エンデヴァーが黒獣を消し炭になるまで焼き切った時にはさすがに勝ったと思われたが、一週間後にはまた姿が確認された。どこでどう再生したのかが甚だ疑問である。
 プロヒーローならば倒せる相手であった。しかし完全に倒せる相手ではなかった。やむなくその島は厳重な監視体制に置かれた。
 住居に帰れない住民たちへのやるせなさは残るものの、これが現状の精一杯であった。

 転機があったのは、3月上旬のことであった。個性の持ち主が死してなお存在したワープゲートが大きく揺らめいた。触れれば弾力のある壁としか存在しなかったゲートであったが、急に盛り上がっては戻りを繰り返した。その未知なる向こう側から何者かが来ようとしているかのようだった。
 まさかもう一体黒獣が出てくるのではなかろうな。実際、ワープゲートの異変があってからすぐその可能性は指摘された。複数のヒーローが緊急招集され、少し離れた所からの観察が行われた。ワープゲートの異変からわずか1時間後のことであった。

 異変から2時間が経過した時だ。一時的に静かになっていたワープゲートがバリバリと音をたてはじめた。そのゲートの中心が風船のようにぷっくりと膨れ上がり、いつかの暴発時のように小さな爆発が節々で起きていた。バンと弾ける音と同時に大きな爆発が起きた。煙でゲート周辺が覆われ、何が起きているのかがさっぱり分からない。
 咆哮が響き、ヒーローたちは確信する。

 ──やはり、きた!

 そこから飛び出したのは、まるで狼のような見た目のUMAであった。新手であった。黒獣程ではないが、その体が巨大であることには変わりなく、獰猛さが伺えた。しかし妙なことに、篭手のような腕はまるで破壊されたように抉れている。獰猛さと殺意を揺らめかす瞳は着地する時には爆煙の中へ向けられていた。その時であった。どうんと重い音と同時に巨大な青い炎の塊が狼の顔面を殴った。勢いで狼の顔面が反れたのと、煙が揺らめいたのは同時であった。煙の中から1人の少年が飛び出した。目にも止まらぬ速さで飛び出したその少年は身の丈以上の巨剣を狼の頭に振り下ろしてめり込ませた。
 目に見えてふらつき、意識を混乱させた狼に、地に足を付けた少年が大剣を構えた。

「んじゃ、ま、」

 紫色に光り出した。どこかおどろおどろしい色を放つ大剣を、少年はぐっとフルスイングした。

「おやすみー!!!」

 妙に明るい声色が響き、血を流した狼がどっと倒れた。剣の切っ先を狼に向けた少年がはたと顔を上げオールマイトの姿を捉えた。驚いた様子はないから、オールマイトらの存在には気付いていたのだろう。
 カジュアルな服装だが、左の耳にインカムをしている。剣を持つ手には、厳つい腕輪が付けられている。
 無表情、というほどではないが、あまり歓迎的な顔ではない少年は白々しい視線をオールマイトらに向けた。

「で、あんたら何してんの」
「それこっちの台詞なんだけどな…」

 シンリンカムイがぼそりと呟いた。呟きつつも、彼は個性を発動しようとしていた。捕縛の必要は、あるだろうかと。なんせ、彼の大剣の根元から、むくむくと黒い獣のようなものが顔を出した。人ほどの大きさになると、少年が僅かに剣を動かした。それと同時に獣は狼に深く食らいついた。

「何を、してるんだ」
「何って、コア取ってるん…あ?」

 少年がインカムを押さえつけた。

「いや、位置情報取れないって何…GPS壊れた?……いや、仕留めたよ。……は?知らないし」

 捕縛しますか、と隣にいるシンリンカムイが小声で通信した。その瞬間、会話しつつも少年の目線が一瞬だけシンリンカムイを捉えたのを、オールマイトは見逃さなかった。

「(聞こえたのか、…この距離で)」

 読唇術があるにしても、シンリンカムイは顔のほとんどが見えない。見て分かるわけもなかった。
 声をかけて見ようか、と思ったその時、聞き覚えのある咆哮が響いてきた。

「ふぅん。………あー、たぶんヴァジュラ種。ピターかな。………とりあえずちゃちゃっと仕留めてくる」
「は!?君、なんて!?」

 オールマイトもさすがに驚いた。まだ中学生程度の子供だ。それが、この咆哮の主を仕留めると言う。
 ずどん、と離れたところに黒獣が踊るように姿を表した。

「いたいた。いい素材もってそうじゃん」

 にぃ、と好戦的に少年の口角が上がる。

「おじさんたちのこと、気にはなるけどあとでね」

 さらりと手を振ると、少年は大剣を持って黒獣へ挑んだ。その横で、狼は溶けるようにして崩れて消えた。