「...寒い...」
新調したてのコートのポッケに手をズボッと突っ込んだ。いや、寒い。ちょっと前まで夏服を着ていた気がするのに、季節とは唐突に移りゆくものである。はぁ、とため息を着けば息はたちまち白くなり、もう冬の訪れを告げていた。いや帰ってくれ、寒いのは嫌いなんだよ。
「名前っちーーーー!!」
「わ、うるさっ」
「出会い頭にそれは無くないっスか?!酷い!人でなし!」
寒さに震えてちまちま歩いていたら突然背中にダイブしてきた黄瀬くん、はっきり言って邪魔である。確かに顔はいいけど、顔がいいだけだ。うるさいことに変わりはない。
「どしたの黄瀬くん、朝から鬱陶しさに磨きがかかってるね」
「名前っち反抗期なんスか...?ちょっと前まではどうしよう黄瀬くんありがとう黄瀬くん黄瀬くん大好きだよって言ってくれてたのに!なんで!なんでなんスか!」
「ごめん大好きは言ってないと思う」
「...盛ったっス」
しゅん、と子犬のように項垂れてしまった彼だけど、入学当時まったく友達が作れなかった私の救いの神でもある。こいつのおかげで友達は増えたし、便所飯は逃れたと言っても過言では無い。ちょっと癪だけど。
「あ、今日俺古典の教科書忘れちゃったんだけど名前っち見せてくんないスか...?」
「えー...」
「お願い!帰りマジバ奢るから!」
「よし乗った」
ボソッと案外チョロいよねと呟いた黄瀬くんのスネに蹴りを一発入れておいた。隣で仮にも運動部っスよ!ねえ!と騒いでいる黄色がいるけれどバスケやってるからといってそんな奴にくれてやる優しさはない。今私と黄瀬くんは席が隣同士だから机をくっつけることになるのだ、ほんとにめんどくさい。つくづく彼が左利きじゃなくて良かったなと思う。だって左利きだったら肘が喧嘩するじゃん。めっちゃぶつかる。あれやだ。
「ねえ黄瀬くん、くまのストラップとか持ってない?」
「くまのストラップ、スか?ん〜...あ、ファンの女の子が持ってた気がするっス!後で借りておくね」
「やった、ありがと」
「てかまたあれでしょ、おは朝の」
そう、おは朝の、である。あ、噂をすればなんとやら。人混みの隙間からひょっこり出ている緑の頭が見えるではないか。
「真ちゃーーーーん!!!!」
「?!」
彼の名前を大声で叫ぶと、ビクッと可愛らしく肩を揺らして綺麗な緑色の瞳が私たちの方に向かれた。
「またお前か!朝から大声を出すなど常識知らずなのだよ!」
「だって真ちゃんこうでもしないといっつも先行っちゃうじゃん」
「当たり前だ、俺にはやる事があるからな」
「まーた緑間っちの人事云々っスね」
「またとはなんだまたとは!人事を尽くさない奴に先などないのだよ」
学習しない黄瀬くんがまた真ちゃんに叱られている。さながらお母さんと息子である。
「てか1時間目体育だよね、早く行かないと着替える時間無くなっちゃう」
「も〜緑間っちがお説教するから〜」
「俺のせいではない!」
「黄瀬くん真ちゃんのこといじめないの!」
「え、名前っちまで緑間っちの味方っスか?!流石に俺泣いちゃう」
「口ではなくて足を動かせ馬鹿者!」
真ちゃんが可愛いな〜と思った今日この頃。まぁいつもか。