02
その翌日、丹色は業務だと言って離家からほとんど出ることがなかった。ちらちらと書院の方を伺っていた厚は丹色が本丸を出ていないことにホッとする。
しかし、謎が多い丹色の行動に油断ならないのも確かだ。新しい刀剣をほかの本丸から引継ぐということは、明日か明後日にはまた本丸を出るだろうことは予想できる。
燭台切に洗濯の取り込みを頼まれた厚は薬研と並んだ洗濯物を取り込んでいた。洗濯物と言っても、そこに衣服はない。日々使うシーツやタオルなどだ。衣料に関しては式神がどこぞへと持ち運んで洗濯してしまう。日常的な洗濯物しかないが、流石に本丸の刀剣の数だけあるとタオルだけでも量は多いし、シーツだって全員が毎日出すわけではないがやはり数は多い。
近くの部屋へ運び込んで畳むミッションもある。部屋はすぐ隣だがなかなかに面倒な作業である。
「なあ、厚よ」
持てる限りのシーツとタオルを籠にいれて持ち上げた厚は、突然かかった薬研の声にうん?と首を回す。
薬研はタオルとシーツをぎゅうぎゅうと籠に容赦なく詰め込んでいた。おい待てそれアイロンかけるんだぞ。せっかくシワがいきにくいように燭台切が干したんだぞお前、手間増えるじゃねえか!
言葉を失う厚に反して薬研は何食わぬ顔で既に山盛りに固められた籠にさらにシーツを1枚突っ込もうとした。
「待て待て待て待て!!!それどう突っ込む気だ!」
「いけるいける」
「いけねぇよ!」
ぎゅむっと薬研がむやみに突っ込んだ。タオルが数枚地面に落ちた。ほら言わんこっちゃない!
厚は薬研から籠を奪い取ると走って縁側から部屋の中に洗濯物を投げ入れ…られなかった。籠を持って中身だけ部屋の中にぶちまける心算だったが、いくら反動をつけようも中身が籠から出てくることは無かった。恐る恐る籠をみる。確かに中身は詰まっているのだが…いや、中身が詰まり過ぎてつっかえてるのか。
イラッとしながら中身をいちいち手作業でかき出した。全て出し終えて振り返ったときには、薬研はまた別の籠──さきほど厚が部屋に持ち込もうと思っていた籠だ──にシーツを詰め込んでいた。でもって入り切らなかったタオルがはみ出して地面に着いている。下が砂利や芝生ならまだしもただの砂地なのでしっかりタオルに砂がついてる。何枚汚す気だコイツとか、ちょっとアイロン当てるだけのはずのシーツをガッツリアイロンあてないといけなくなっただとか、色々言いたいが、要は以下の言葉で事足りる。
「薬研んんん!!!お前余計な手間増やしやがってぇえええ!!」
「はあ?」
そういえば今まで洗濯物を取り込む薬研を見たことがなかったが、こういうことか!超大着しようとするんだな理解!!
「もうお前籠使うな!」
意味不明と言いたげな顔をする薬研から籠を奪い取り、厚は土の付いたタオルをどけて中身を部屋の中に撒いていく。皆様、これが当本丸で最も強い短刀、薬研藤四郎です…。巷で薬研ニキと言われる短刀です…。信じられない。
背後では薬研が大人しくシーツに手を伸ばしている様子だった。
「そんでさ、厚」
数枚のシーツとタオルを抱えた薬研が厚の隣まできてまた声を掛けてきた。うん、薬研には籠を使わせないのが1番いいらしい。
息をついてそう思っていると、改めて薬研から声がかかった。そういえば薬研に話しかけられていたんだった、と我に返る。
「昨日からやたら大将を気にかけてるな」
普段と全く同じ声色で、特に何かを気にした様子も無い、何食わぬ顔で薬研が問うた。一瞬動きが止まりそうになったが、もしここで妙な動きをすれば薬研は確実に気付くだろう。とは言え、そもそも所作は普段と何一つ変わらない。ふと疑問に思って声にしただけかもしれないのだ、下手なことはしたくなかった。
「そうか?」
「ここへ来る時も離家の方を気にしてたし、朝からそわそわしてるように見えるぞ」
「マジか。いや、でも気にはしてるのかな…」
確かに気にしていたと思う。丹色が離家から出ていない様子にもホッとしていた。我ながらわかり易かったろうとは思う。しかし、普段は他人が気にしていることに鈍い薬研に、こうもはっきり気取られたのは少々悔しい。
「あー、一昨日、オレが大将について政府の集まりに行ったのは知ってるか?」
「ああ、こんのすけから聞いた」
「あ、そうなんだ…。まあ、そっから大将は気にかけてるかもしれないけど」
なんともなげに返せば、薬研はふうんと軽い返事。出し抜けたかと思い、またシーツを取り込みに踵を返せば背後からまた声が掛かって、さすがの厚も顔を引き攣らせてしまう。
「てっきり俺ぁあの野郎に何かされたんじゃねえかと思ったんだけど。杞憂か」
あの野郎ってもしかして門前のことだろうか。
「あの野郎?」
「門前真一」
大正解だった。
前言撤回。さすがはうちの短刀最強である。主の異変──というより、主に関係する異変にはめちゃくちゃ鋭かった。
厚は今、薬研に背を向けていて良かったと心底思う。空気には出なかったと思うが、顔は引き攣った。すぐに取り繕ったが、見られてたら確実にバレてた。
「別になにかされた様子はなかっ…た…」
振り返って問うて見て、厚は間違いなく固まった。
薬研が無表情だった。
「ほう、珍しい。関わると碌なことがないのにな」
「お、おう…、いや碌なことが…ないのか?」
確かに碌な目にあってない。丹色は何か厄介ごとを頼まれた様子だし、そもそも、本丸へ帰る時に攻撃された。だからこそ、正直丹色にはあの男とは関わってほしくない。しかも今もその門前の頼みのために動いているのだから気が気じゃない。
危険なことではないと明言していたが、門前がかかわる地点でそれが疑わしい。また危害を加えられないかが心配だ。薬研の気持ちもわかるにはわかる。
「そう言えば歌仙には言ったのか?」
「お、おう…。議会のあと出かけた先とか、一通り報告してある」
「ふーん」
議会でのことは今は一応きちんと伏せていた。議会についていったとこは歌仙には報告してある。彼には「何もなかった」で通したし、納得はもらっている。
依然無表情な薬研に恐々していると、薬研が不意に笑んだ。純粋な笑みなら厚とてホッとするのだが、なんというか…笑みは笑みでも不穏な笑みだった。
「なにか隠してるだろ」
「はあ?何も隠してねえよ…」
「嘘つけ昨日やたらとそわそわしてただろ!」
「あっ…れは…!」
やっべ、昨日のを感付かれてた!
「い、言うことは何もねえ!」
言外に今は言えませんと伝えてみれば、察したらしい薬研が「ほーう」と顔に影を纏わせた。
「へーえ、ふーん、なるほどなー、口止めかー、こうも強情ってことは約束でもむすんだか?ふぅーん、たいしょーもやるなぁ?」
「や、薬研?」
「言っておくがな、初期組は全員門前っつう男が大嫌いでな。この本丸に足を踏み入れようものなら俺っちなら間違いなく叩っ斬っちまう。門前はそれを知ってるからこの本丸には滅多に来ねえ。俺っちたちも、その名を口に出すのも恨めしいんで、初期組以外は知りようもねえ名前だな」
「うん?…うわ、嘘だろ…」
先の門前についての薬研と厚の会話を思い出してほしい。厚は門前真一という男を知っている前提の話し方をしなかったか。会ったと公言したようなものだ。
「や、あの、お…落ち着け薬研」
「あん?」
怒ってる怒ってる怒ってる!!無表情で、一見落ち着いているようにも見える薬研だが、その目はいっそ仄暗い。怒りが心頭している。
「ちょーっと大将のところまで出かけねえか」
「アアアアアアア…」
頭を抱えてくの字に折れ曲がった。そんな厚の首根っこを捕まえた薬研は軽い足取りでその場から遠ざかる。
「え、待って、洗濯物…」
「聞こえねえな」
目指すは審神者の領域、離家である。
丹色は本日、ほとんど姿を見せていない。食事は未だに自身で出前などで調達しているらしいが、そのうち刀剣がこしらえたご飯を食べることになろう。今は念のために刀剣のご飯を遠ざけているだけに過ぎない。
ちょうど夕方で、少し早めの夕飯をとる様子だった。縁側で丼もののお椀の乗ったお盆を持った丹色がそこにいた。
いつもながら白い鬘、白い面布に顔が覆われている。面布には『空腹』の2文字。一昨日一緒に出掛けて思うようになったのだが、この審神者なかなか奔放な性格をしている。
「よお、大将。ちょっとお茶しねえか」
「……」
たぶん、顔の青い厚を見て何かを察した様子だった。丹色は静かにお盆を室内に置くと素早く襖を締め切った。
「……いー度胸じゃねぇか…」
「…!」
やっべぇ怒ってるー!!!ブチギレる一歩手前といったところか。素直に宥めればいいものを、審神者は薬研の神経を逆撫でする天才だった。
「……さ、審神者は今おりません…」
「あ゛?」
「(これ以上薬研を刺激しないでほしい…)」
神気への耐性を気にしてか、ひとまず薬研は縁側のすぐ近くを陣取りはするものの中には入らない。殺気が痛い。割とマジで神気が突き刺さってた。あれ、これ大将出てきていいのかな。
「薬研、神気がいてぇから抑えろ」
「……」
一瞬だけ、藤色の目が睨む様に厚を見た。しかし、納得はしたのかすぐに抑えたようだ。同時に少し落ち着いたようでもある。
「厚は言わなかったが、門前に会ったな?」
疑問形ではあったが、その声色は確信したものだった。襖の向こうで丹色が諦めたように息をついた。スッと襖が開かれる。警戒心を全面に出した丹色が顔をのぞかせていた。
「…あんまり多くは話せないからね」
「あまり期待はしてない。門前絡みは厄介なことだらけだしな」
「今回は本当に安全だから、少なくとも私は。だからもう少し時間がほしい」
「ほー?本当に安全なら相応の説明がほしいところだが…」
「ちゃんと説明はするからさ」
「チッ」
薬研が舌打ちした。
それを見た丹色が息を吐いて襖をきちんと開けて縁側の端まで寄ってきた。邸に上がる許可こそ出さなかったがきちんと話をする姿勢はあるようだ。
「厚からはなんて?」
「頑固でさ」
「あー、そう。まあ厚に言ったこと以外は何も言えないんだけど。どうせ刀剣男士を連れてはいけないし」
どういう事だと言わんばかりに首をかしげる薬研に丹色は苦笑する。
「まあ、昨日厚に口止めしたことが今言えるすべて、かな」
▲ ▽
モドル