02|鬱屈
色んな星を回った。それこそ、メモリーに埋もれる金属の母星や青い液体に覆われた惑星とは比べものにならないくらい、色んな星だ。
暗闇に散りばめられた星々の燦々とした輝き。それらに目もくれず、ただ故郷の光芒のみを掴もうと、俺はずっと手を伸ばし続けた。
やけにちっぽけな銀河の端っこには、えも言えぬ軟体動物が支配する星があった。
妙に薄暗い銀河の中心には、年中嵐が吹き荒ぶ殺風景な星があった。
熱核融合で絶対的エネルギーを放つ周りの惑星の一つには、植物ばかりが鬱蒼と生い茂った静かな星があった。
これ以上果てが見えないんじゃないかと思った先に存在していた銀河の中には、戦地の後であろう亡骸だけが住む荒廃した星があった。
この目で見てきた星の数など、両の手さえ使っても収まり切れない。そもそも、来訪した軌跡を思い返した事すら無い気がする。星の一つ一つを探訪しては、まるでどれも同じに見える銀河と銀河の間を渡る日々。どうでもいい時間を作る暇など俺には無かった。そんな事より、俺達が探し求めるものが無い、無用の星からいよいよ離れていく度、また一歩懐かしい郷里の風が近付いた様な気がして、寧ろ己のブレインサーキット内で無駄な時間を浪費するよりも、まだ気分が良かった。
「……… ………。」
その結末がコレとは、拍子抜けもいいトコである。
ディーノは一人、目下に広がるディエゴガルシア島の青翠色の海をボンヤリと眺めていた。オプティックのアイレンズを調節すれば、ゆらゆらと太陽の光を反射する海面は何処までも澄んで、海中を遊泳する魚の群れが鮮明に見える。幾多の有機生命体が、あの液体の中で"生"を営んでいる。ディーノはは単純な行為を繰り返す有機生命体を観察しては、のうのうと流れる時の最中を過ごしていた。
海、という液体の集合体は、様々な星の光景を傍観してきたディーノから見ても珍しい有機体だった。この地球に住む大多数の有機生命体の元素たる物質はこの海から生まれたらしい。サイバトロン星からすれば、オールスパークに値するものなのだろうか。今や無くなってしまった目的を思い出してはオートボットとしてのやり切れない後味の悪さを感じた。別にオプティマス・プライムの命令に不満がある訳ではない。だが、自分達よりも非力で矮小な人間達の中で、ひそひそと息を潜めながら生きる生活にディーノはうんざりしていた。自らの眇眇な背丈にも似合わない強欲さをを持った人間のその卑賤な態度にも、正直嫌悪感すら感じる。並々と水の入ったグラスに無理やり水を足す様な、その無謀に近い傲慢さが癇に障るのだ。弱いなら弱いなりに、陰に隠れて暮らせば良いだけの話だというのに。少なくとも、今まで見てきた星の文化の多数はそうであった。
非力なのが罪なのではない。非力なりの似合う文明の道を選べという意味なのだ。
浜の様子が少し騒がしくなった。点々とした黒いものが忙しく動き回っては白い砂を蹴散らしている。変わらない経緯によるいつも結果だ。青いオプティックは気にすることなく自らの光源に似た液体の水平線を見つめた。故郷よりも何倍も小さい星だ。息苦しくて、ブレインサーキット内の回路が錆びてしまう。
「(息苦しい、か。)」
すっかり人間の知識がインプットされた己のブレインサーキットが少し嫌になる。
俺が魂をかけて戦ってきたのは、こんな"くだらないもの"の為だったのか?
「(…いや、違う。)」
人間を守れと言った。人間には我々と同じく、自由を尊重する確固たる誇りを持っている。彼らは我々であり、我々は彼らなのだと。そう断言したオプティマス・プライムのオプティックは、この青翠色の海よりも透明で、熱い生気が湧き上がっていた。
「(他のオートボットには見えて、何故俺には見えない?)」
人間の高潔さが、人間を守る価値が、独り孤島の頂上で立ち尽くす若きオートボットには、どうしても理解出来なかった。他の奴らのオプティックが眩んでいるのか、それとも、俺の視覚回路だけが致命的バグを起こしているのか。
ディーノには、全く見当がつかなかった。
大半は報告書や始末書とのお付き合いさ、とエップス軍曹が答えた。側にはルカが付き歩き、施設内の説明を隣の上司から一通り受けていた。
ディエゴガルシア島全体がN.E.S.T.の本拠地となっている基地は、大きく分けて兵士達の居住区域と、任務を行う軍事活動区域の二つに分けられる。居住区域はディエゴガルシアで活動する兵士の為に作られた生活施設で、兵士は皆ここで生活をする。休暇を取れば本国に帰るなり外に出る事は可能だが、余程の事が無ければ島外に出る許可は下りない。それは島で生活している、"彼ら"の生態を出来る限る島の外に漏洩させない為の一つの決まりでもあった。
「さんざ衛生放送されたんだ。知ってるよな?」
急に尋ねられてルカは目を丸くしたが、すぐさま平常になってはい、と一言返した。
「此処が食堂。日替わり定食はAからDセットまであって、大抵Bセットはハズレ。俺的に一番美味いのはエッグサンドかな。」
島中の兵士達が利用するだけあって、目が痺れてしまう程広い空間がそこにあった。ルカは口をポカンと開けて人一人居ない広間の中を眺めた。ランチタイムはとっくに過ぎている所為か、寂しいだけの部屋だけが広がっている。夕食時にでもなれば見違えるくらい騒がしくなる、とエップスは答えた。
自分がどこに異動させられるのか、行き先だけは知らされていた。孤島と聞かされていたので、カナダの基地よりももっと簡易で、こじんまりしているとばかり思っていたが、ここまで設備が整っている事は想像もしていなかった。食堂で食べる他に、基地内の売店に行けばある程度の食材は手に入り、自室で調理して食べる事も可能だという。
カナダ基地よりも優遇は良いのでは、と考えるルカの横で、エップスは次の説明場所に足を進めた。
「あ、そうそう。これから軍事活動区域に行ってあらかた説明したら、お前さんの数値を測る為に体力テストやるからな。」
体力テストという言葉にビクッ、と肩が小さく上がった。まさか、インド洋の孤島まで来て体力テストをやる事になるとは、思ってもみなかった。ルカは力無くか細い声で返答すると、エップスは笑いながらルカの肩を叩いた。気にするな、軽いゲームみたいなものだ。
すると、エップスの腰に掛けられた無線から応答が入ってきた。エップスは無線を手に取り、スピーカーから聞こえる音を聞き取りながら返事をした。
「エップスだ。どうした?」
『こちら第3格納庫。赤のフェラーリが見つかりません。また脱走したものかと……。』
「脱走なんて言うな。少し外に出たかっただけだろ?毎度の事じゃねえか。」
『ですが次の任務は彼も出て行くようにと言われてますので……。今は捜索隊を出して彼の居場所を探しています。』
「んー、取り敢えず前回見つけた箇所を中心に捜索してみろ。奴の能力がちっとばかり厄介だが、そこはオプティマス達とも協力してやってみてくれ。レノックスには報告したんだよな?」
『はい。軍曹と同じく、オプティマス達と連携して探せと言われました。』
「オプティマスが居るんだ。無断で島の外に出たりはせんだろう。ともかく島内をくまなく探してくれ。」
『了解。』
ブツ、と無線が切れた。もう話さなくなった無線をしまい、小さく息を吐いた。
「……とは言ったものの、やっぱり心配だな。前は4時間探しても見つけられなかったし、これ以上任務に支障を出すわけにもいかねえよなぁ。
あーあ……ツインズとアイツ以外の2人はあんなに真面目なのによ、何が違うのかねぇ。」
独り文句を漏らすエップス。ルカはただ無言でエップスの不可解な話を聞いていた。
誰かが逃げたらしい。この島にはN.E.S.T.しか駐屯していないのだから、隊員の誰かだとは推測できるが、赤のフェラーリとは一体どういう事なのだろうか。逃げ出した対象のコードネームが赤のフェラーリ、とは考えられなくもないが、隊員同士でコードネームを言い合うのも不思議な話だ。もしコードネームで呼ぶならば、レノックス大佐やエップス軍曹の様に皆一連として人名の偽名を使う方が自然である。一人だけ"赤のフェラーリ"などと名乗るのは違和感がある。
"まさか本当に赤のフェラーリが島にあって、それに乗って出て行った事ではあるまい"。
「と、いう訳で。」
ハッ、としてルカは顔を上げると、エップスから何かを手渡された。黒い何か。両手にすっぽりと入るその大きさは、今さっき見た物とよく似ている。
よくよく見ると、手の中に入っているのは先程まで会話していた、エップスの無線機。
「心配だからちょっくら格納庫の方見てくるわ。ルカも見つけたら俺の無線使って報告してくれ。」
「…え?いや、あの……」
「赤色だからな!フェラーリの、鼻につく様な生意気な赤色だ!」
皆無と言っていい程の情報しか告げていないまま、エップスは廊下を走って何処かへ行ってしまった。しっかりとしたブーツが駆ける音が響き、室内に残されたのはただの静寂のみ。ルカはエップスの無線機を両手で握ったまま、動く事が出来なかった。
「……… ………。」
記念すべき異動先の最初のミッションは、赤色のフェラーリの捜索、らしい。
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