日本ではまず見ない銀の髪が、ふわりひらりと風にさらわれては落ちた。 冷たく乾いた空にはっきりと見える一角獣も、その光景にはかなわなかった。
月のわずかな光を反射して赤く光る目が、すっと細められる。
薄く色付いた唇がゆっくりと開く。
「――、―――――――――」
「あぇ?」
薄暗い中に、レースカーテンから光が差し込むいつもの天井が視界に入って、 自分への挨拶代わりのうめき声を漏らした。こうして声を出したり、自分の声をく も耳に入れると、 嫌でも少しは目が覚める。
うっすらとしか開いていなかった目を一度閉じきって、 ゆっくりと見開いた。
白い天井が、今はうっすらと灰色がかって、 丸い室内灯がいつも通り張り付いてく いる。
寝ぼけたまま、昨日出しっぱなしで寝てしまったらしい櫛で適当に髪をとかしく て部屋を出た。歯を磨いて顔を洗ったところで、前髪が濡れてしまったことに気くがついたが、それもいつものことだった。
今度こそ髪もセットし直して、制服を着てリビングに顔を出すと、母親が朝食を食べながらテレビのチャンネルを送っていた。
「おはよう母さん、お兄ちゃんは?」
「先出てったわよ。 朝練があるとかで」
「ふうん。あ、 私ニュースは花野アナがいい」
私の台詞と同時に、テレビはよく分からない韓国ドラマの画面に切り替わった。
「仕方ないなあ」
母さんはおっとりと頬に手をやりながら一つ前のチャンネルに戻した。
聞き慣れた、花野アナの落ち着いて品のある声がテレビから流れてくる。ニュースは今日本はピンチ、 みたいなもうここ数年ずっと目にしている謳い文句を右上に表示していた。
知らないおじさんの顔と、画面下部のテロップを交互に眺めながらトーストを齧る。
「なまえ、ニュースなんて分かるの?」
「分かんない。花野アナが好きなだけだよ」
「ヘえ、知らなかったわ」
母さんも私も、 政治には疎かった。
分かりもしないのに知らないおじさんの顔を眺めるのが、急に馬鹿馬鹿しくなった。
つまらない、という私の心の声でも通じたのか、ニュースは東京で起きた事件を取り上げだした。
「まあ、通り魔だって。 なまえかわいいから、 気をつけてね」
「通り魔と関係なくない?」
「照れないでよ〜」
「もう、食べ終わったから私ももう行くね。行ってきます!」
最後の一ロをさっさと飲み込んで、手早く食器をかたづけて玄関に足を向けた。
「あ、今日お客様が来るから早く返ってきてね、お母さん出張で遅くなるから」
「できるだけね!」
うちの母親は、なぜ出張のある日にも来客の予定を入れるのだろう。
玄関の扉を閉め切って振り返ると、幼なじみの晋助が隣の家から出てきたところだった。
「よう」
私が駆け寄ると、 晋助は小さく口を動かす。
「おはよ……え、 何それ、 どうしたの」
晋助は春休み前はしていなかった眼帯を左目につけて、その上から前髪で隠すように覆っていた。
あまりにも気になって、視線が全部左目に言ったまま尋ねてしまう。せめて視線は右目と合わせるべきだった。
「別にたいしたことねェよ。ほら、ヤクルト」
「いらないけど」
「いいから貰っとけ」
晋助はお気に入りの乳酸飲料を押しつけてくる。晋助の少しずれているところく には、付き合いのあった数年で慣れてしまった。
厚意か嫌がらせかの二択なら、ぎりぎり厚意だろうと判断して、私は素直に礼を言った。
晋助と並んで左側を歩くと、意図せず彼の左目だけが目に入った。
「それにしても、 晋助が朝から来るなんて意外だね」
「二年は全員出席だろうが」
私たちの通う高校では、毎年四月一日――休日と被ったら別の日になるらしい――に入学式と始業式を行う。
午前は新入生と来賓客、それに新二年生の出席する入学式、クラス発表とお昼を挟んで始業式という日程だ。
体育館の容量の関係で、新三年生は午前中、受験勉強という名目の自由出席になっている。
「自由席だから、サボってもばれないらしいよ」
「テメェは俺にサボらせたいのか?」
「そういうわけじゃないけど」
新二年生は新二年生で、クラス分け前なので入学式は自由席だ。春休み前に、 部活の先輩から情報を仕入れた生徒が、サボろうかな、と話しているところを何度か見た。
度か見た。
いつもより身軽な生徒たちが、朝の日差しを迷惑そうに避けながら、校門前の長い坂を上って行く。自分たちも今からこの坂を上るのだと思うとげんなりする。
坂道の左右には、淡いピンクの桜並木が並んでいた。ありがちな光景だが不思議とわざとらしさは感じない。
「どいて! どいてくださいッス!」
「――え」
坂道に足を踏み出すと、 自転車の鈴の音が何度も聞こえた。
焦りのにじむ悲鳴に、とっさに道の右側によけると、自転車に乗った金髪の少女が、ぶつかるぎりぎりのところでハンドルを切ってよろめく。車道に脱線する前になんとか勢いを殺しきって止まった少女は、乗っていた自転車をこかして「あー……」と悲痛な声をあげた。少女は邪魔にならないように素早く自転車を起こし、慌てて振り返った。
「すみません。急いでて……あの、 大丈夫ッスか?」
「私は平気だけど、 あなたこそ怪我しなかった?」
少女は両手で自転車を支えたまま軽く胸を反らす。私と同じ制服に身を包んだ彼女は、去年の三年生と同じ赤い名札を左の胸につけている。
「全然、全く平気ッス! そっちの先輩も……あ!」
少女は私の隣に視線をやると、ひときわ大きな声を出して目を見開いた。
跳ねるように晋助に近づこうとした彼女は、支えていた自転車がまた倒れそうく になってやむなく諦める。半歩分だけ晋助に距離を詰めて、大きな目を輝かせながら晋助を見ていた。
「晋助の知り合い?」
晋助は微妙な表情をしてちらと一瞬だけ視線を合わせてくる。
「晋助様ッスか!? 私、 来島また子ッス! 同じ高校だったんスね!」
彼女の声を聞いて、坂を上る二年生の何人かが遠巻きに視線をよこした。
サボってばかりで不良っぽい印象の晋助が、金髪の後輩に「晋助様」と呼ばれている光景は、かなりそれっぽく映るのだろう。遠くからわかりやすく凝視していた男子生徒に視線を向けると、慌てて目をそらされた。
「晋助に、女の子に手を出す度胸はないと思ってたなぁ」
「オイ、妙な誤解してんじゃねェ」
「そうっスよ。むしろ私が襲われそうになってるところを助けてくれたんスから」
また子ちゃんは誇らしげな笑顔を私に向けたが、すぐに表情を曇らせて俯いた。それからぱっと顔を晋助の方に向ける。
「っていうかその目、 やっぱり私をかばったからッスよね」
先までの妙な勢いは失速して、 申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「あれは別にお前のせいじゃねェだろ。向こうが勝手に突っかかってきただけだ」
私は晋助の怪我の具合を詳しく知らなかったが、襲われかけたというまた子ちゃんの様子が心配になった。晋助は普段と何ら変わりない表情で、本当に気にしていないように見えたので、私はまた子ちゃんに声をかける。
「あなたは大丈夫だった?」
「え ……あ、私は平気ッスけど…」
また子ちゃんは自分が心配されるとは思っていなかったのか、声をかけられて若干うろたえていた。
彼女は晋助の左目の怪我がやはり気になるようだった。
私も横目で晋助を見た。
彼は片手で携帯電話を開いて確認した後、また子ちゃんを見た。
「一年の集合時間、 あと五分しかねェぞ」
また子ちゃんはそわそわと学校と晋助の 見比べていたが、晋助に促されて自転車にまたがった。
学校の前の急で長いこの坂を自転車で上がることのできる人間は初めて見た気がする。
男の子はズボンに、女の子はリボンに、まだ畳みじわをつけた新入生が入場してくる。
十人十色の表情を浮かべながら、決して広くない体育館に入場して、彼ら彼女らの新生活は幕を開ける。
来賓席に知り合いを探す女子、周りの様子をうかがう男子、若干一名は、晋助に向かって小さく手を振っていた。その後ろを歩く男子生徒が、彼女の派手な髪色をしきりに気にしている。
男女とも左側に縫われた胸ポケットに、第一学年を示す赤い名札と、花を模った小さなブローチをつけていた。ブローチはピンがついておらず、ポケットに刺すだけとなっているので、緊張して歩き方がおかしいような子が地面に落としかけていた。
「胸ばっか見すぎだろ。セクハラで訴えられるぞ」
「……晋助と一緒にしないでよ」
新入生の名札や危なかっしいブローチを眺めて暇を潰していると、隣のパイプ椅子に腰掛けていた晋助が小声で訴えかけてきた。私は顔を顰めて彼を睨む。
私たちが小声で会話しているのに気付いた他の生徒たちが、ちらほらと囁き合いはじめた。
「また子ちゃん、手振ってたね」
「振られても困る」
「振り返してあげれば良かったのに。ここならまわりの子で隠れて見えないよ?」
晋助は小さく眉を寄せた。
「お前が自分にじゃないと分かってて振り返してたのは見えたぞ」
「べ、別にいいでしょ」
恥ずかしいところを見られていたことが判明して、思わず叫びそうになった。咄嗟にボリュームを絞ることに成功するが、出力された音声は裏返っていた。
堅苦しい挨拶が終わった後、眠気と静けさから解放された私たちは、 式典中に教員が貼り付けたクラス表を確認しに体育館脇の掲示板に集まっていた。
「緊張する〜」
「しても意味ねェだろ」
「まともにクラスに来ない予定の晋助には分からないんだよ」
普助は興味なさげにしていた。私も友達はそこまで少なくないし、 誰かとは一緒になれるだろうと思っていたから、 それほど緊張していた訳ではなかったが、形式上そう返しておく。
人の波をかき分けてなんとか自分の名前を見つけた。
「あ、晋助今年同じクラスじゃない?」
隣のクラスの名簿を確認していた晋助に呼びかけると、 彼は私と同じ名簿に上 から目を通していく。まだ視線は上の方だったが、自分の名前を確認したのかそかそこで読むのを切り上げた。
「万斉くんと別のクラスで残念だったね」
「……人のダチまでチェックしてんじゃねェよ」
晋助は、若干引いていた。
教室に入ると、すでに何人かが席についていて、その何人かの周りに数名が集まって会話が交わされている。出遅れて一人で席に座っている者もいれば、他のクラスの友人に会いに行くべく、そうそうに教室を出る者もいた。
「みょうじと…高杉か? どうしたその怪我は」
「おう」
「おはよう桂くん」
清々しい笑顔で手を上げた桂くんは、晋助の目元に気がついて顔をしかめた。
私は晋助の顔を見たが、彼は言いたく無かったのか桂くんから微妙に視線を外して口を開く。
「お前ら知り合いだったのか」
「去年何かと縁があってな。高杉こそみょうじと知り合いだったか?」
「家が近所なだけだ」
桂くんは意外そうな顔をして、視線を私に向けて、また晋助に戻した。
「? 記憶にないが…… 」
一瞬置いて不思議そうに眉を寄せた桂くんが、軽く首を傾げた。それから慌てて「あ、すまない」と私の方を向いた。
「小中は別の学校だったからな」
晋助が説明すると、桂くんは「ああ」と納得した様子だった。
私と晋助の家は隣同士で交流があったが、ちょうどニ件の間で学区が分かれていて、私は西側、晋助は東側にある学校に通っていた。
「流れ的に、 桂くんは晋助と同じ学校だったんだ?」
「あぁ。こいつはほとんど来てなかったがな。なぜ高二までなんとかなっているのか不思議だ」
「晋助って要領いいから……」
赤点を取らない程度に勉強して、教科書を読んだ範囲は真面目に授業を受けている私より出来ることもしばしばあった。
卒業に足りる出席日数を計算してまでサボるなら真面目に出席した方が楽だと私には思えてしまう。
立ちっぱなしだったことに気がついて、私は黒板に目を向けた。そこには新しいクラスの座席表が貼ってある。目を細めて自分の席を確認すると、机の上にほいクラスの座席表が貼ってある。目を細めて自分の席を確認すると、机の上にほとんど何も入っていない学生鞄を置いた。
「桂くん、また隣の席だね」
「そうだな、みょうじとはよく隣になる」
「縁ってそんなことかよ」
桂くんは心底不思議そうに頷いた。くじ引きだから偶然なのだが、それを縁と形容しても頷けるくらいの回数、去年一年で隣の席になったことがある。そのおかげでなんだかんだ仲良くしてもらって、主にテスト前にとても助かった。隣に桂くんがいれば今年も私の成績は安泰である。
「おはようなまえ、 隣のクラスで噂になってたわよ」
遅れて教室に入ってきた妙ちゃんが、私の後ろから声をかけた。彼女が同じクラスであることは、掲示を見たときに確認していた。自分の教室に入る前に、隣のクラスの友人と話していたらしい。
私が挨拶と一緒に手を上げると、妙ちゃんはお手本のような綺麗な笑みを湛えて、片手をあげた。
「噂って何の話?」
私が妙ちゃんの方を向いて、妙ちゃんが私の横に並んだので、それまで私と会話をしていた晋助と桂くんも、妙ちゃんの方を向いて耳を傾けた。
「高杉くんの一味が新入生と怪しいやりとりをしてたって」
思わぬところから自分の名前が出て、晋助は眉をぴくりと動かした。
「一味って、まさかそれ私も含まれてるの?」
私は思わず苦笑いになった。
「しかも、目撃した男子生徒を名前が睨み付けて追い払ったって」
「みょうじが」
「脱み付けたねェ」
桂くんは面白そうに、晋助は道連れが出来て愉快そうに笑って私の方を見た。
「そんなことした覚えないんだけど」
「高杉くんはアレだけど、なまえっておとなしいから、そっちの方が噂になってるみたいね」
「え〜」
「おい、アレってなんだアレって」
妙ちゃんに追い打ちをかけられて、私は苦悶の声とともに頭を抱える。
「まあ噂は所詮噂だ。放っておけばそのうち収まるだろう」
「人ごとだと思って……」
桂くんはもっともらしいことを言ったが、切羽詰まった人間にはきれい事にしか聞こえなった。
深刻そうな様子の私を見て、こういう噂に慣れているであろう晋助が尋ねる。
「何か困ることでもあるのか?」
「いや……全面的に困るでしょ。具体的には思いつかないけど」
しばらくは後ろ指を指されるであろう私の精神衛生を除けば、学校生活に支障を来すような問題は思い浮かばなかった精神衛生だって、妙ちゃんや晋助が普通に話してくれるであろうことを考えれば、私がそれほど深く落ち込むようなこともあまりないだろうと思えた。
「あら、あるわよ。 具体的な問題が」「え?」
「新聞部の新しい部長さんが、なまえを退部にするって騒いでるみたい」
部長とはいえ一生徒がそんな権限を持っているとは思えなかったが、部活という閉鎖空間――特にみんなで一つの紙面を組み上げる新聞部のような空間――で誰かと揉めることの恐ろしさは想像に難くない。
自分の表情が、いよいよ真剣に曇るのが分かった。
「それは困るな」
桂くんは先ほどまでよりずいぶんと真剣な様子で腕を組んだ。
最悪新聞部を辞めるという選択も取れるが、そうすると今流れている噂に説得力が生まれてしまうだろう。そうなったあと、私を入れてくれる部活があるとは思えなかった。
「困らねェだろ」
「忘れたのか高杉、ウチは全生徒部活動に入るのがルールだ。今退部したら面倒だぞ」
桂くんは真面目で頭も良くて、 他の同い年の子たちよりも大人に見える。こうく いうときの解決方法もぱっと浮かんでしまいそうな印象だった。そんな彼にきっぱり面倒だと言われて、密かに打ちひしがれた。
私は当面の不安から目をそらすべく、私は晋助に話を振ることにする。
「晋助は? 部活どうするの?」
「あ?」
それだけでは理解出来なかったらしく、 晋助は首を傾げた。
「剣道って片目で出来るんだっけ?」
普助は視線を下げて何かを考えた後、 一言「やめる」 とだけ答えた。
剣道部は、学校で唯一晋助が真剣に顔を出す場所だった。そんな簡単に辞めてしまっても良いものかと思ったが、口に出すか迷っている間にタイミングを逃した。
「ねえ、 高杉くんの怪我って、触れてもいいのかしら?」
晋助の怪我が話題に上がったことで、それまでずっと気になっていたであろう妙ちゃんが不思議そうに彼を見ていた。
本人は話したくなさそうにしていたが、先ほど同じ話題を誤魔化された桂くんの援護射撃により、お昼を食べながら晋助の話を聞くことになった。ちょうど持ち主が教室にいなかったので、妙ちゃんと晋助はそれぞれ私と桂くんの前の机を後ろに向けて昼食を広げた。
「女子を守って怪我だと?」
「らしいよ。 ね、晋助」
席についても晋助が渋るので、 私が今朝また子ちゃんが言っていたことを話した。
「すごいじゃない。まるでヒーローね」
妙ちゃんは晋助がもてはやされて嫌がるのを分かって、わざとにこにこと彼の方を見ていた。
晋助は恨めしそうに私を睨んで、コンビニのパンを嘱る。しばらくしてそれを飲み込んだあと、 集まる視線に耐えかねたのか口を開いた。
「あれはそういうんじゃねェ。知らねェ野郎が急に突っかかって来たんだよ」
「朝も言ってたね。晋助カツアゲした?」
「他校生殴った?」
「なに、そうなのか高杉!?」
「してねェ」
私と妙ちゃんの冗談に騙されかけた桂くんが、身を乗り出して晋助に迫った。晋助は迷惑そうに顔を顰めた。
私は桂くんの制服を引っ張って着席するように促す。
「桂くん冗談だから。髪の毛お弁当に入るよ」
「大丈夫だ、そのへんは計算してるから」
「そ、そうなんだ……」
「心配してくれてありがとう」
桂くんは格式ばって礼を言った。
「で、高杉くんは何の恨みを買ってたの?」
「だから恨みじゃねェよ。あんな銀髪のもじゃもじゃ、一度会ったら普通忘れねェ」
「いじめっ子はいじめていたことを忘れるというぞ」
晋助は心外そうに顔を顰める。
彼は不用意に他人に手をあげるほど馬鹿じゃないのは確かだが、性格的に敵を作りやすいタイプかも知れなかった。どこかで知らぬ間に恨みを買っていてもおかしくない。
とはいえ、彼が学校外で他人と会話しているのはあまり想像できない。
「昔剣道部で話した他校生とかじゃない?」
「いや、あんなやつ……」
晋助は目を閉じて、過去一年のうちに試合をした生徒を思い返していたが、やはり覚えがなかったようで頭を振った。
「髪染めたのかもね」
「髪色抜きにしても、あのムカつく面を俺が忘れてたとは思えねェ」
晋助はその件を相当根に持っているらしかった。覚えもないのにいきなり襲われて左目を派手に負傷したのだから、当然といえば当然だ。
昼食を食べ終わって少しのんびりすると、あっという間に時計の針は集合ニ十分前を指していた。
妙ちゃんは茶道部の準備があるとかで席を外しており、晋助は万斉くんのクラスに遊びに行っていた。
私は椅子から立ち上がる気がしなくて、机に腕を置いてぐったりと頭を載せた。
「始業式面倒くさ……サボろうかな」
「みょうじ……」
隣で私の呟きを聞いた桂くんが、呆れて半目になる。
「だってさ、人数数えるの桂くんでしょ? 誤魔化しといてよ」
「不正の手伝いなどするわけないだろう。それに、俺はもうクラス委員じゃないぞ」
「うちのクラスは今年も桂くんでしょ」
去年のクラスでは前期も後期クラス委員をするという大業を成して、もはやイメージの定着した――というか肩書がなくてもクラス委員というあだ名が似合いそうな――桂くんは、既にこのクラスの生徒に「今年も彼がクラス委員をしてくれる」と期待の目を向けられていた。この年になると、みんな目立つ役職や面倒なことは避けたがるのだ。その点彼は、むしろ喜んで仕事をこなしていた。
しかし、桂くんは腕を組んでしばし考え込んだあと、私の目を見る。
「実は、今年は生徒会に入るつもりなのだ」
桂くんは真剣な眼差しでじっとこちらを見ていた。彼に他意は無いのだが、そういうふうに見つめられると少し緊張する。
「う、うん」
思春期特有――かどうかは知らないが――の余計な緊張を悟られないように、私はこくりと頷いた。
「だからこのクラスはみょうじに任せる」
話のつながりが読めなくて、首を傾げる。不思議に思う私の顔を見て、桂くんは説明を付け加える。
「忘れたのか? 生徒会とクラス委員は兼任出来ないんだぞ」
「そうだっけ?」
思い返してみても、そのルールに覚えはなかった。そもそも、そういうのは生徒会かクラス委員になる予定の人間しか覚えていない。
桂くんは「そうだぞ」と腕を組んだまま答える。
「だとしても私はパスだよ」
「俺はみょうじが良いと思うが……評判を取り返すチャンスだぞ」
桂くんはなぜか妙に私推しだった。去年委員の仕事を手伝っていたからかもしれない。代わりに勉強を教えてほしかっただけなのだが、変に良い子だと誤解されているらしい。
「もともとそんな評判もないけど……私は余計噂に尾ひれがつく気がするなぁ。クラス委員なんかしたら」
私にその気がないのが分かると、桂くんはあからさまに残念そうな顔をしていた。
時計の針が十分前を指したところで、私たちはしぶしぶ重い腰を上げて――桂くんはすっと立ち上がっていた――体育館を目指した。途中で茶道部の部室を覗いたが、まだ準備が終わらないようで慌ただしくしていた。
晋助は万斉くんと先に体育館についていたが、上履きを忘れたことに気が付いて戻って来ているところに遭遇した。
晋助がそのままサボる気配を見せ始めたので桂くんが釘を刺すと、「どうせ数えるのお前だろ。適当に誤魔化せ」と珍しくボケていた。
結局桂くんに捕まった晋助は、私と同じ説明を聞かされて、渡り廊下を歩きながら口を開いた。
「お前は執行部じゃなかったのか?」
うちの学校には生徒会と生徒会執行部があり、生徒会は委員会活動、執行部は部活動として認められている。クラス委員と生徒会が兼任できない規則は、両者が委員会活動扱いであるためだった。執行部は部活動なので、去年の桂くんはクラス委員をやりつつ生徒会執行部に所属するという、優等生の鑑のような状態だった。
生徒会と生徒会執行部も、兼任できないことになっている。
「松陽先輩から、今年から生徒会に入らないかと誘われていてな」
「え、でも松陽先輩って……」
松陽先輩は去年の卒業生だった。生徒会と剣道部を掛け持ちしていて、穏やかな笑顔と、生徒会長としての知名度で女子生徒からの人気が高かった。
「うむ。先輩が去ったあとの学校を、俺に任せたいと――」
「いたっ」
晋助が私の頭を叩いた。理不尽な暴力に彼を睨むと、珍しく心配そうにじっと私を見ていた。
桂くんは突然の出来事に目を丸くしていたが、晋助と私を見比べるとすっと表情を元に戻した。
「ちゃんとフラれたろ」
「ボケっ」
私は晋助の腹目掛けて蹴りを入れた。
「どうしてっ、人前でっ、その話をっ、するのっ!?」
「お前が朝から新入生の名札ばっか気にしてるからだろうが」
顔が赤くなっているのが嫌でも分かった。
私が暴れるのを予想していたのか、蹴りを食らった晋助は少し痛そうにしていた程度で全く動じず、楽しそうに笑った。
それよりも私が取り乱す様子をはじめて見たであろう桂くんが呆然と固まっていたが、しばらくするとはっと我にかえった。
「おい、みょうじ!? 分かった、俺は何も聞いていないから落ち着け! そんなに足を振り上げると、その――見えるぞ!」
「でかい声で言うな!」
私の左の蹴りが、思い切り桂くんの脇腹に入った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「いや、そんなに痛くないし……」
教室の椅子の上に正座をして、隣の席に向かって謝り倒すと、隣の席の人は困って「とりあえず落ち着け」と言った。
落ち着くと余計に恥ずかしい思いをしそうだったので、私はしばらく椅子に顔を伏せて土下座していた。クラスメイトの視線が痛かった。
「なんでもするから許して……いや、忘れてください」
蹴りの件だけでなく、見たこと聞いたことを全て水に流してほしかった。
「……なんでもか?」
思ったより乗り気な声が返ってきた。
なんでも、したところで都合よく彼の記憶が抹消されたりはしないのだが、そう嬉しそうにされるとなんとなく撤回しにくい。
桂くんが非常識な金額のものを欲しがったりしないであろうことも含めてなんでもと口にしていた私は、少しだけ顔を上げて小さく俯いた。
「ゲーセンに行きたい」
「え?」
「ゲーセンに行ってみたかったのだ! 今度連れて行ってくれ!」
桂くんは私の手を取って、ゲームセンターへの想いを訴えはじめる。曰く、
桂くんは晋助以外に友達がいないのかな、という疑問は飲み込んで、「それくらいならいつでも一緒に行こうよ」と答える。
桂くんは目を輝かせて私の手をぶんぶんと振った。
「流石みょうじだ!」
どういう信頼なのかはよく分からなかった。
桂くんの意外な望みを聞いたことで、私の中にあった気不味さが薄らいだ。
先輩に惚れていたのは過去の話だし、本人にはもう会えないだろうし、桂くんは思ったよりいつも通りだったので、私はもうそのことについては考えないことにした。
「とりあえず足崩してもいい?」
「あぁっすまない。構わないぞ。というか俺は先からちゃんと椅子に座るよう言っていた」
桂くんは慌てて私の手を離して、自分の机の上に載せた。
椅子の上から足を下ろすと、聞き慣れた電子音のチャイムがなった。タイマー方式で、始業式のときにも何度か鳴っていた。今のが授業開始の合図なのか、終了の合図なのか、今何時間目くらいなのかも定かではない。
そこへ職員会議を終えた担任が入って来る。
去年と同じ顔に、私は安心感と不安感を同時に感じた。前者は知っている顔に、校舎は彼の人柄に対してだった。
「えーっと、去年は居なかったし、一応転校生ってことで……」
担任は自己紹介もせずにいきなり転校生の紹介を始める。
私は始業式そうそう空席になっている、左うしろの座席をちらりと見た。私の視線の動きに気が付いた桂くんがつられて後ろを向き、その後小声で「前を向け」と注意した。
視線を前に戻すと、新入生と同じ、新しい制服に身を包んだ銀髪の少年がうつむき加減に入って来た。彼は自分のクラスの人間を一人ひとり確認するように視線をあちこちへやりながら、担任の横に立つ。
「坂田銀時くんです」
担任に紹介されて、彼は小さくお辞儀をした。
彼が顔をあげたとき、たまたま目が合って、すぐに視線をそらされる。その仕草は、なぜか意味ありげに映った。
坂田くんは担任に促されて軽く自己紹介をすると、私と桂くんの間を通って席についた。
「よろしく」
私が小声で話しかけると坂田くんは窓の外に投げていた視線をこちらへ向けて「よろしく」と返した。
「ねぇ、その髪、染めてるの? 銀髪って失敗すると緑になるって聞くけど――」
「こら、前を向かないか。人を挟んで喋らないでくれ」
先生が新学期の注意を定型文で述べている間に転校生と仲良くなろうと試みたが、桂くんに咎められてあまり話せなかった。
「なまえ、ペン貸してくれ」
始業式だけだと油断していたらしい晋助は、学校に筆箱すら持ってきていないらしく、ホームルームが終わるとせかせかと私の前にやって来た。
「いいけど、もう書くの?」
「明日から教室に来ねェからな」
「なんのために書くんだ……」
晋助は私の机に教師が配ったプリントを置くと、少し屈んで空欄を埋めていく。
コピー用紙の黒インクで印刷された文字は、「進路調査票」。
メモを見ながらたどたどしく話す担任からは、まだ文理選択まで半年あるが、少しは親とも話し合って決めるようにとのお達しがあった。
彼の手元を眺めていると、彼の後ろから「ごめんなさい、バイトあるから先帰るわね」と私に声がかかった。私は軽く返事を返して手を振ると、再び晋助が相手しているプリントをぼんやり眺めた。
紙の中央には「理系・文系」と書かれた選択肢がある。一個上の選択肢で進学に印を入れた晋助は、そのままの手で迷わず右側を選んだ。
「晋助文系なの?」
彼は数学が得意なイメージがあったから意外で、思わず尋ねた。
「先輩の入った大学に行く」
「松陽先輩? 人のこと言えないじゃん」
がたん、と後ろから椅子の動く音がした。
振り返ると、坂田くんが私たちの方をじっと見ていた。気になって首を傾げると、坂田くんは視線を自分の持つ白紙の進路票に落した。
「どうした? 軽いアンケートみたいなものだから、そう悩まなくても良いぞ?」
桂くんが坂田くんに話しかけた。確かに、新しい学校に来た途端に理系か文系か選べと言われても、坂田くんは困るかもしれなかった。
「あ、いや……俺も、ペン借りて良いかなと思って」
坂田くんは私たちを順番に見た。
「悩まなくても良いが、こいつのように適当に決めるのは良くないと思うぞ」
「適当じゃねェ」
「少しは親御さんと相談しろ」
坂田くんは、二人が話すのをぼんやりして見ていた。
「あの、ペン使う?」
桂くんの言ったように、本当は帰ってから親と話して書くのが良いのだろうが、坂田くんと仲良くなるチャンスだと思った私は彼にペンを差し出した。
「名前だけでも、書いちゃいなよ」
「あぁ、悪いな」
坂田くんはへらりと笑ってペンを受け取ると、本当に名前の欄だけを埋めて私に返した。なんだか気を使わせてしまったようで申し訳なかった。しかしそのおかげで多少心を許してくれたのか、彼は「あんた、名前は?」と私に向かって尋ねた。
「みょうじなまえです」
「よろしくな、なまえ」
坂田くんはゆっくり頬を緩める。
「先挨拶したの、忘れちゃったの?」
私が坂田くんを誂うと、彼は明後日の方向を向いて、「忘れた」と答えた。
その後、坂田くんは用事があると言って走って教室を出ていった。彼を見送った晋助が物凄い表情で扉を睨みつけていたので、私は昼間の話を思い出した。
「もしかして、晋助殴った不良って……」
「あいつだ。一年同じクラスとか……」
「普通にいい子そうだったけど」
髪色と不思議な雰囲気以外は、他の男の子と何も変わらないように見えた。少なくとも、いきなり人を襲うような人間には見えない。
「喧嘩は駄目だぞ」
「うるせェ」
晋助は書き終わった調査票を桂くんに、ペンを私にそれぞれ差し出した。私はペンを受け取って筆箱にしまうと、自分のプリントが入ったファイルと一緒に鞄にしまう。
桂くんは差し出された紙と晋助の顔を見比べて怪訝な表情を浮かべる。
「何だこれは」
「担任に渡しとけ」
「明日、このクラスの委員に自分で渡せ」
クラス委員は、明日のロングホームルームで決まることになっていた。調査票は基本委員が回収して、まとめて担任に渡すことになっているから、今日書いても提出するあてがないのだ。
「どうせ保護者に書いてもらないといけないものもあるだろう」
配られたプリントの中には、印鑑が必要なものや、親の自署を求めるものもあった。
晋助は今日ここで書類を偽装する手間と明日学校に来る手間を天秤にかけて、「まぁ、明日くらいなら」と結論づけた。
「すごい、晋助が更生してる……」
「明日ならまだイントロダクションだろうからな」
授業が本格化しておらず、短めに切り上げられるから、受けてやってもいい、ということらしかった。
晋助の家の前で彼と別れると、私もそうそうに自分の家に入った。
リビングからは談笑と、テレビの画面がちかちかと色を変えるのが、暗い廊下に漏れ出ていた。
「ただいまー」
私は「家に誰かいてもいなくても、玄関をくぐる度に行ってきますかただいまを言いなさい」という母親の言いつけを守って小さな声で挨拶をした。兄と、もうひとり男の人の声が聞こえたから、お兄ちゃんの友だちに大声を聞かれるのは嫌だなと思ったのだ。
先に制服を着替えるか、リビングに顔を出すか迷って、挨拶だけしておこうと明かりのついている部屋に向かった。
「お兄ちゃんただいま」
「おかえりー」
「おかえ……あ」
いきなりお客さんに声を掛けるのも変だと思ったので、とりあえずお兄ちゃんに帰宅の挨拶をしながらリビングに足を踏み入れた。友だちの妹が帰ってくることは知っていたのか、お兄ちゃんの友人と二人分の挨拶が返ってきた。しかし、友人の分は言葉の途中で途切れてしまった。
お客さんに視線を向けると、そこには呆けた顔をした銀髪の男の子がいた。彼は間抜けな顔で私の方を見ながら、右手に箸を持って固まっていた。
今朝はなかったはずの、四つ目の椅子がテーブルの側面に据えられている。彼はここで晩御飯を食べていたらしい。
「お兄ちゃん、友だち?」
「いや? 母さんがウチで一緒に暮らすって連れて来た。むしろお前と同い年だろ?」
お兄ちゃんは私がいない間にすっかり坂田くんと仲良くなったらしく、なんでもないように言ってのけた。
坂田くんの前で口には出さないが、私は目の前の状況に心底困惑していた。お兄ちゃんと坂田くんの間を、何度も視線を行ったり来たりさせるうちに、段々と色んな疑問が浮かんでくる。
なぜうちなのかとか、なぜ坂田くんなのかとか、母さんは何考えてるんだとか。要約すると、やっぱりなぜ彼がここにいて、しかもいきなり一緒に暮らすことになっているのかが分からなかった。
「その母さんは?」
「まだ戻ってないけど?」
私は頭を抱えた。
コンビニに行きたいと言い出した坂田くんに付き添って、私は夜の道を歩いていた。坂田くんはこのあたりの道が分からないだろうという、兄の配慮だった。
「坂田くん、学校慣れそう?」
当たり障りがなさすぎて、回答に困る質問だった。
坂田くんは「ぼちぼちだな」と小さく呟いた。
「なにそれ、おじさんみたい」
「黙れー、小娘がおじさんの何を知ってるっつうんだ」
可もなく不可もなく、ある意味一番つれない返答に私が笑うと、坂田くんはふざけてそんなことを言った。彼の口からすらすらと出てくる冗談は余計におじさん臭かった。
「もしかしたら、銀髪の不良よりは知ってるかもよ」
「それ俺のこと? 知り合ってそうそう不良は心外なんだけど」
「だって、晋助と喧嘩したんでしょ?」
「それはアレだよ、アレ……ほっとけ」
坂田くんは咄嗟に何か言おうとして言葉につまり、わしゃわしゃと頭をかいた。
特徴的なふわふわの銀髪が、彼の手の動きに合わせてわさわさと揺れる。
「理由は別にいいけど……できれば晋助とは仲良くしてね」
クラスは一緒だし、家も隣だ。二人に仲良くしてもらわないと、二人ともに関わるであろう私の今後が危ぶまれる。
坂田くんは手を止めて、私の方を見たあと、静かに「おう」と言ってまた前を向いた。
坂田くんは私の少し前方を、コンビニの袋からいちご牛乳のパックを出しながら歩いた。さらに袋の中を探って、声をあげる。
「げっ、これストロー入ってねェじゃねェか。どうなってんだあのコンビニ」
私は小さく苦笑いになった。
「そういうことってあるよね。入れたつもりで、ストローとかお箸とかつけずに渡しちゃうの」
「お前店員側かよ」
強い風が吹いて、坂田くんの銀の髪のシルエットが後ろに大きく歪んだ。
「坂田くん……もしかして私たち、どこかで会ったことある?」
私は、今朝見た夢を思い出していた。
日本では珍しいはずの銀の髪が、目の前で静かに揺られていた。晋助の言うように、一度見たらそう忘れることはないだろう。私は坂田くんと以前に会っている記憶を持っていなかったが、なぜか彼のことを夢に見ていた。今と同じように、星空の下で彼の後ろ姿を眺めていた。それが過去の記憶から来るものなのか、奇跡的な確率の偶然なのか、誰も知らない何かの力が働いた予知夢なのか、私には分からなかった。それくらい、私は夢の中の坂田くんをはっきりと覚えていた。
坂田くんは朝の夢と同じようにゆっくりと私の方を振り返る。
私は息を呑んだ。
「それ、ナンパのつもりか?」
その言葉で、最後の選択肢を頭の中から消し去った。
予知夢なんてそうそう見るものじゃない。
稀に見る人がいるらしいが、そういうのは、身の回りの予兆を無意識のうちに感じ取ってのことだろう。私の場合、彼が転校してくる予兆など感じ取れるわけがなかった。仮に、彼が家に来ることを知っていた母の様子から何か感じ取れたとしても、まさか家に来るのが銀髪の少年だとは、私の無意識も思わないだろう。
「ナンパの手口としてはちょっと古くない?」
「まぁ、確かに」
おかしなことを聞いてしまった気恥ずかしさを笑って誤魔化した。
私はやはり今朝の夢が少しひっかかりながらも、不思議なこともあるものだと感じる他なかった。
銀時は空を見上げて、ほんの僅かに口を開く。
「また、この場所で会えたな」
たったひとり自分にだけ聞えるはずだった声は、風の音に掻き消されて誰の耳にも届くことはなかった。