四日目は来ない
「俺のことフッたこと、後悔してんのか」
 教室のど真ん中で、晋助が私に向かってそう言った。
 彼の顔がいいとか、時代にあらがってる感じがクールだとか適当なことを言っていた女子たちが、教室のあちこちから、ちらほらと私を睨む。しほちゃんが目を丸くしてこちらを見ている。
 遠くの方で、桂くんがちらりとこちらを向いた。
 彼の方から別の話し声が聞こえてくる。坂田くんだ。
「え、松陽先輩と付き合うってマジ?」
 坂田くんって松陽先輩と知り合いだっけ。
 いやそもそも、松陽先輩って女性だったのか。それとも桂くんが女性なのか。
 支離滅裂な会話を気にかけているほど、私の脳に余裕はない。今は晋助をどうにかしなくては。
「いや、晋助のことは好きだし、頭いいし、なんだかんだ尊敬してるし……気兼ねなく話せるし、付き合ったら毎日楽しいんだろうなって思うよ」
 しどろもどろになりながらそう言うと、取り巻いていた女子の視線が一層刺さった。男子の一部も、こちらに注目している。
「思うけど、今はそんな気分じゃない……だから、ごめん」
 晋助も知っているように、私はフラレたのだ。桂くんに。桂くん……あれ、私が好きなのって桂くんだっけ。

 場面は変わって、生徒指導室。
 私は晋助と二人で、横長の机を四つくっつけた簡易の勉強場にいた。座っているパイプ椅子のパイプの部分が、ずっと冷たいままだ。
「復讐してやろうぜ」
 視界が悪い。雑な映像が、そっと歩み寄ってくる晋助に焦点を合せる。
「俺と付き合ってるってことにしねェか」

――って、いやいやいや。

「騙されるか! 夢オチとか最低!」
 どこに対してか定かでない批難の声とともに、私の意識は覚醒した。
「雑なパロディは誰も幸せにしないぞ」
 桂くんが私の隣で腕を組んだ。
 噴水の前。飾磨駅だ。
 大きなビルのスクリーンが、画質の粗いニュースを取り上げている。代わり映えしない、数日前からよく見る報道だ。
 夢オチは夢オチでも、白昼夢。雑にも程がある。
「ていうか、今って――」
「? 落ち合ったところだが。急にみょうじがふらついたのではないか。大丈夫か?」
 人酔いするタイプか、と桂くんが心配そうに聞いた。乗り物はたまにあるが、人で酔うことなんて滅多にない。私は軽く首を振った。
 頭が少し痛いくらいで、立ち眩みして、見慣れない雑な白昼夢を見たこと以外はなんともなかった。
 右手に持っている携帯電話が開きっぱなしだ。待ち受け画面には時刻が表示されている。
 4月3日の午前11時。それから0を挟んで、3分。実際には3分と数秒。あと数秒もすれば、3の表示は4に変わる。
 桂くんを見ると、眉尻を下げて心配と困惑の混じった顔をしていた。
「大丈夫だよ。ご飯食べに行こう?」
 そう言って、携帯をしまう。
 桂くんはまだ少し心配そうにはしていたが、「みょうじがそう言うなら」と行って表情を元に戻した。

 向かいの席に座る桂くんの姿に、なぜか違和感を覚えた。桂くんの隣にはもうひとり、誰かがいたような気がする。学外での桂くんの様子なんて知らないが、そう思うと途端にもの寂しく感じた。
「桂くんってご家族は?」
 頼んだざる蕎麦がくるのを待ちながら、ふと訪ねてみた。
「俺は一人暮らしだ。攻略対象は一人暮らし設定の方が後々楽だからな」
「三話からはもうそういうノリなんだね……」
 一話二話は正統派ラブコメっぽかったのに。
「三話? なんの話だ」
 桂くんは首を傾げた。
 息をついて、水を口に含む。
 水の冷たさと桂くんになんとなく既視感を感じたが、よくあることだろうと思いながら水を飲み込んだ。
「それはともかく、一人暮らしならもっと学校に近いところに住めば良いのに」
 桂くんの最寄りだという遠山駅から、学校の最寄り駅まではそこそこ距離がある。学校から駅、駅から家まで歩くことを加味せずとも、毎日の登下校が大変そうだ。
「あぁ……それは、例の大きなデパートが近いからな」
 確かに、遠山には駅の直ぐ側に大きなデパートがある。飲食店やファッション、アパレルなど幅開く揃えることができ、全国チェーンのスーパーなどもはいっている。屋上に小さな遊園地も備えた、今どき珍しい建物だ。残念ながらデパートのゲームセンターは去年改装されて、残ったのは子供向けのアーケードとポップコーンを売る機械だけだ。
「確かに大きいけど、こっちの方にも普通に生活できるだけの施設はあるよ? 毎日通うの大変じゃない?」
「確かに少し遠いが、別の事情があってな」
 わざわざ事情というからには、聞かれたくないことなのかもしれない。
 それ以上自宅のことには触れずに、当たり障りのない会話をしながら食事を済ませて一緒にゲームセンターに向かった。

 週末前半に相応しいかしましさを見せるゲームセンターの中では、様々な年代や性別の人たちが思い思いにはしゃいでいる。
 私と桂くんの目の前で、太鼓の達人の達人がフルコンボを叩き出した。
 桂くんと周りに集まっていた観客がどよめきと歓声を上げて拍手を送る。
 達人はなんでもなさそうに振り返って、ちょうど近くで見ていた小さな女の子に礼をしながら去っていった。
 私はその様子にどことなく引っかかりを覚えながら眺めていた。
「あれ、武市じゃないか?」
「え、誰?」
「一組の――確か高杉とたまに話しているぞ」
 アーケードゲームの一角を通り過ぎると、たいていのゲームセンターでメインを貼っているであろうクレーンゲームが立ち並ぶところへやってくる。
 桂くんは先程の人物が去っていった方を見ながらこそっと私に話しかける。
「居たっけそんな子」
 晋助とよく一緒にいる人物といえば、万斉くんしか知らない。そもそもが去年一年あまり学校に来ないような生徒なので、いくら家が隣と言っても、彼の交友関係に関して私はよく知らなかった。
 桂くんの方を向いて首を傾げると、あるクレーンゲームが目に入った。私はなぜかその妙な様相のぬいぐるみが気になって、思わず声を上げる。
「あっ」
「どうした?」
「桂くん私アレやっていい?」
 指差すと、桂くんが振り返る。
「まさかみょうじもファンだったか……!」
 桂くんは驚きと喜びの色を含んだ声で叫ぶ。
「ファンってほどじゃ……なんか今見て急に欲しくなっちゃって」
 私は透明な壁の中のぬいぐるみを見た。可愛いといえば可愛いし、コワいといえばコワい。そんななんとも言えない見た目の動物が、無表情に見つめ返してくる。
 なぜか分からないが、ものすごくこの子に愛着があったような気がするのだ。
「まぁエリザベスはいい男だからな。一目惚れしてしまっても仕方がない」
 桂くんはごく真面目な声色と表情で言い放った。
 クレーンゲーム機の中の彼はエリザベスというらしい。
「確かに買い物のときに『一目惚れしちゃって』って言うことはあるから分かんないけど、多分それ誤解だからね」
 とりあえず私はゲーム機にお金を入れた。ゲームなんてするのはいつぶりだろうか。
 私と桂くんは途中で交代しながらエリザベスの救出(桂くん談)を目指したが、何度やってもエリザベスは出口につく前に落下してしまう。彼が落ちるたびに桂くんが悲鳴を上げていた。
 どうしても欲しいかと問われれば別になくてもいいかなという感じではあるが、私は半ば意地になってエリザベスとにらめっこした。
 両替機を探しにカウンター近辺まで行って戻ってくると、桂くんがゲームにのめり込んでいる。
 その姿を見て、私は別にいいけど、桂くんとエリザベスをケース越しではなく会わせてあげたいという気になってくる。
 桂くんはなかなか器用にエリザベスを掴んでいたが、取っ掛かりの少ない彼のボディではすぐに滑り落ちてしまう。
 ゲームに夢中になる桂くんの後ろ姿をしばらく眺めていると、ふと昔友達から聞いたぬいぐるみの取り方を思い出した。
「ねぇ桂くん、エリザベスのお尻から出てるタグに引っ掛けられない?」
 エリザベスは何度もクレーンに引っ掛けられて、既にひっくり返ってうつ伏せの状態だった。
「タグ?」
 私が指差すと、それに従って桂くんの視線が動く。視線の先に四角い紙製のタグと、それを繋ぎ止めておく紐を映すと、彼は頷いた。
「よし、やってみよう」
 ゲーム機のボタンが強めに押され、クレーンが不規則に揺れながらもエリザベスに向かって落ちていく。
 アームの先が、真っ直ぐタグの隙間に刺さった。
 理屈が分かっても一回でタグに通せる人はなかなかいない。思わず息を呑む。
 エリザベスが静かに持ち上がって、出口まで運ばれて落下した。
「桂くん、もしかしてゲーセンの天才?」
「すごいぞみょうじ! 言うとおりにしたら取れた!」
 桂くんはエリザベスを抱きかかえて、嬉しそうに私の手を握って上下に振った。
「あ、そうだ。これはみょうじにやろう」
 私が女子だから気を遣ったのか、手を離した桂くんは、脇に抱えていたエリザベスを両手で差し出した。
 確かに可愛いと思う部分もあるが、桂くんの喜び具合を見ていると素直に受け取れない。
 それになんだか、桂くんがエリザベスを抱えている姿を見て、妙にしっくりきている自分がいた。
 私は慌てて首を振る。
「え、いいよ。桂くんが欲しかったんでしょ? 本当になんとなく気になっただけだし……あと、なんか桂くんに似合うかなと思って」
 エリザベスだって、今日一目惚れしたばかりの私より桂くんのそばにいたほうが幸せだろう。
「いや、何言ってるんだろう私……?」
 物はぬいぐるみだったが、まるで装飾品を贈る男のセリフだ。あと、男の子に対してぬいぐるみが似合いそうというのは、自分の感覚を疑わざるを得ない。
 しかし改めて桂くんとエリザベスを見ると、やはりすごくしっくりくる。
 近くで見ていた高校生のカップルらしき男女が、「何あれかわいー」「中学生?」と私たちのことを見ていた。
 桂くんの耳にも届いてしまったらしく、表情を固くした彼がエリザベスを抱え直す。
「ごめん、とりあえず出る?」
 用事も終わったし、と付け足すと、「そうだな」と返ってくる。
 あれ、桂くんの用事ってエリザベスだっけ、と思ったが、桂くんがついてきたのでそういうことだろう。

 ゲームセンターを後にしてどこに行こうかと悩み、結局駅の方まで歩いて帰ってきてしまった。飾磨駅の近辺はまさに駅前といった体で、学生が遊び場に困らないだけの施設はある。その中でどれに入るか、そろそろ決めなくてはいけない。
 視線を巡らせると、大きなビルの外壁に取り付けられたモニターが目についた。画面が大きいせいで多少粗い映像が、連日報道されている通り魔事件の現場を映し出している。
 モニターの裏から太陽が出ているせいで逆光になっていた。眩しくて少し目を細める。

――高杉晋助くんが、通り魔に刺されて――。

 知らない音声が、耳元で聞こえた。
 心臓が大きく跳ねて思い切り後ろを振り返るが、私の耳にそんな声を届けられる位置に人はいない。
 妙に脈打っている心臓を抑えると、桂くんが不審そうに近寄ってくる。その手には、エリザベスが抱えられている。
 エリザベスはじっとこちらを見ていて、可愛いような気もするが、今は少し怖い。
 嫌な汗が首元を流れるのを感じたとき、私の携帯が震えた。
 出たくない。
 しばらくの間、理由もわからない恐怖心に固まっていた私に、桂くんが「出ないのか?」と首を傾げた。
 桂くんと一緒にいるから。それを理由にこのまま着信を無視することもできる。
 しかし、無機質に流れるお気に入りの着信音が、この電話を無視することはできないと告げているようだった。
 私は携帯を取り出して、一思いに、指の手癖だけで通話ボタンを押した。
『もしもし、今どこにいる?』
 坂田くんの声だった。
 自分から、大きな安堵のため息が出た。
 桂くんが心配そうに目を細めている。先までの自分は余程具合が悪そうだったらしい、と、少し冷静さの戻ってきた脳が分析した。
『い、今……飾磨駅の、前……』
 駅前という情報だけで十分なのに、目印を探して視線が彷徨った。
『まだ帰ってねェのか……』
『うん。今桂くんと遊んでて……』
『……じゃあ、高杉がどこにいるか知ってるか?』
『晋助? 知らないけど……』
『そっか。悪い。またかけるかも』
『え、ちょ……っ』
 無機質な音をたてて、一方的に通話が切られた。
「大丈夫か?」
 桂くんが心配そうに私を見る。
 心臓は大分静かになっていた。
 
――中央病院の者です。

 今度は小さく、昔の記憶でも蘇ったかのように、脳裏に過ぎった。
 坂田くんが晋助を探していた。晋助は中央病院にいる。いや、中央病院に行く前――彼は通り魔に刺される。きっと、普通に町を歩いていて。
 どうしてそんなことを知っているのか分からない。新学期で疲れてしまった自分の妄想かもしれない。
 けれど妙に嫌な予感がした。
 そういえば、桂くんとエリザベスが並んでいる姿も以前どこかで見た。彼と学校の外で会うのははじめてのはずなのに。
「桂くんごめん、私ちょっと、用事思い出しちゃった」
 晋助が刺される夢を見た。
 その夢が現実になるような気がする。そんな馬鹿馬鹿しい話に桂くんを付き合わせる気にはなれなかったが、この予感を無視して、晋助に万が一のことがあれば――。
 ずっと一緒に育ってきた晋助の顔が走馬灯のように浮かんで、私の不安を加速させた。
「え、おい――」
 携帯を操作しながら走り出した私を見て、桂くんは戸惑いの声を上げる。
 きっとこれは杞憂に終わって、何事もない。後で埋め合わせるから。
 心の中で桂くんに謝りながら、切符売り場に駆け込む。
 携帯の呼び出し音が途切れる。
『もしもし、どうかしたか?』
 晋助の声だ。
『もしもし晋助、今、どこにいるの!?』
『? どこって近所のコンビニだが』
『そう。えっと――』
 帰りの切符を購入して、改札を潜る。
 電車の時刻の電子掲示板を確認して、ホームへの階段を駆け上がった。
 言葉に迷う。
 晋助が刺されるような気がするから、その場を動くな? そういう夢を見たから気をつけろ?
 馬鹿にされるのがオチだ。
 この際馬鹿にされようが構わないが、とにかく安全な場所にいてほしい。
 電話口から、衝突音が聞こえた。
『ちょっと、なに――!?』
 遠くから晋助の声が聞こえる。先のは、携帯電話を落とした音だ。
『テメ、何――』
『ちょ、晋助!? ねぇちょっと――、大丈夫なの!?』
 また衝突音がいくつか鳴って、晋助の声は聞こえなくなった。
 電車に駆け込む。
 晋助がよく行くコンビニ。今から行って間に合うだろうか。
 怖い。
 こんなことなら桂くんにも相談すれば良かった。したからこの状況がどうなるわけでもないが、誰かに横にいてほしかった。
 気持ちを落ち着かせるために、桂くんに謝罪メールを送って、私は目を閉じる。
 わざと無機質に聞こえるように作られた車掌の声が聞こえる。車内は静かだが、線路と車輪のぶつかる音がうるさい。
 自分だけがこの世界から隔離されたような感覚になる。
 不安と焦りから、胸が苦しくなる。
「しんすけ――」
 呟きが漏れた。
 たった数駅分の時間が、何倍にも感じられた。

冒頭の夢はただの「おさまけ」パロディです。おさまけは名作なのでラブコメ好きな方はゼヒ。今期アニメやってます(健全)

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