「体操服に着替えてグラウンドに出ろ」
雄英高校入学初日の朝。担任である相澤消太は、寝袋姿で廊下に現れ生徒を驚かせたあと、教室に入るとだるそうに言った。
入学式も、ガイダンスも無し。突然のことに、生徒達は顔を見合わせ不安な表情を浮かべていたが、言われた通り指定の体操服に着替えるとぞろぞろと外へ出た。
「今から個性把握テストをする。まあ、体力テストのようなもんだ」
ただし、ここは未来のヒーローを育てる学校。体力テストと言っても普通のテストではない。全ての種目で個性の使用を許可された雄英ならではの体力テストだ。
トータル成績が悪い者は除籍処分にすると相澤が宣告したせいか、生徒達は真剣な眼差しで個性を駆使し、常人ではあり得ない記録を次々と叩き出していた。
「みんな凄いな」
飯田天哉が言った。
ヒーロー科がある学校は他にも存在するが、雄英高校のヒーロー科に入るのは特に難しいと言われる。多くのプロヒーローを輩出しているのもあり、とにかく人気が高い。
クラスが二つしかない上に、各クラスの定員は十八名と少ない為に、入試の倍率は三百だというから驚きだ。
その狭き門を通過した同志の姿が、飯田の目には眩しく、新鮮に映った。
「ねえ」
突然話しかけられたのは、麗日お茶子の投げた球が無限をはじき出した丁度その時だ。
「足、速いんだね」
声のする方へ振り向けば、ふわふわという言葉がしっくりくるような、そんな女子が飯田を見つめていた。
「君は」
「わたし、名無子」
「ぼ……俺は私立聡明中学出身飯田天哉だ。よろしく名無子くん」
飯田は勢いよく右手を差し出した。素早く降り降ろされた手は、指先までぴっちりと揃えられて彼の生真面目な性格をよく表している。その速さと勢いに一瞬肩をびくりとさせる名無子だが、差し出された飯田の手が握手の意味だとわかると、嬉しそうに顔を綻ばせ両手で包み込んだ。
握手をするつもりで出した手だったが、まさか両手で握り返されるとは想像していなかった飯田。名無子が「よろしくね」と言うと、もう一度「よろしく」と返事をして手を放した。飯田の妙な動きに、名無子は目をぱちくりとさせた。かと思えば、控えめにくすくすと笑い声を漏らした。
「な、何かおかしなことでもあったか?」
「ううん、なにも」
「そうか」
「飯田くん」
「ム?」
「私は好きだよ」
「すっ……」
明らかにおかしな話の流れに言葉を詰まらせる。思考も身体も硬直させた飯田を見て、名無子はまた笑った。
「一人称が、僕な飯田くんも」
そう言ってほほ笑む彼女は、春に舞う桜のように綺麗だった。


(無邪気な君との恋/恋したくなるお題様)
ゆるふわちゃんと飯田天哉です。続きます。

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