アスク王国の王城。その最深部に白亜に包まれた部屋があった。
白い石で作られた部屋は僅かな灯りをも反射して白く輝き、床に放射線状に広がる水路の水が光を受けて煌めいている。その光がまた白い壁に反射して、部屋はきらきらと輝いていた。
「…きっと、」
成功する。そんな予感があった。
燃えるような赤い髪の少女――アンナは部屋に灯りを灯し終えた後、淡々と準備を始めた。何のといえば当然、古より王城に伝わる儀式だ。
異界の英雄、彼の地に救いをもたらす存在を喚ぶために。
エンブラ帝国との終わりのない戦いにアスク王国を初め、特務機関の兵力も削られていった。疲弊する日々に民の生活も苦しくなる。
それはどちらの国も同じはず。なのに彼奴らは何故…、アンナはやりきれない思いで唇を噛み締めた。
けれどそれも今日までだ。
アンナには確信があった。根拠はなく、それはアンナの直感ということでしかなかったけれど。それでもアンナはその確信を信じていた。
「必ず、来るわ。…来て、くれる」
儀式の準備は整った。
城の地下から沸き上がる清い水が部屋の奥から駆け巡り、床の水路を埋め尽くす。部屋の中央には伝承に伝わるこの国の秘宝である神器が置かれている。
水は流れを意味する。ひとところに留まることのないそれが時を越え、世界を越え彼の者をこの地へ導いてくれる。
後は、そう。祈るだけ。
「…お願い」
アンナは躊躇うことなく地に膝をついた。両手を胸の前で組み合わせて深く祈る。
俯いたことで彼女の赤い髪が垂れ、その表情を覆い隠した。だからその時の彼女の表情を知るものは誰もいない。
誰もいない、筈なのに、
「…!」
水が白く輝いた。それは光の反射ではなく水そのものが光源となって、眩く白く部屋を埋め尽くす。
アンナの瞳に最後に見えたのは白い光の中で、白い神器が浮かび上がる姿。浮かび上がった神器が一層強い光を発して、そして――
「…泣かないで」
「…っ、あ」
アンナの頬に伝う涙を真白い指が拭った。その指の感触を最後に、光が徐々に収まっていきアンナの視界に世界が戻ってくる。
「…貴女、は」
白い部屋で彼女はアンナの前に立っていた。
闇より深い黒髪が揺れて、同色の瞳の奥に不思議な光が宿っていた。金とも銀ともつかないその光は星のようで、けれど瞬きの後にそれは隠れるように見えなくなった。
傷一つない白い肌に同色のワンピースを纏って、その細い腕に神器を抱えた少女。アンナは直感で理解する。彼女が、彼女こそが――。
「…私はエクラ。あなたは?」
「…私は、」
ぱちりと瞬きを一つ。涙の滴が弾けて、それだけで世界が変わって見えたのは彼女がいるからだろうか。
アンナは笑って、目の前の少女の問いに答えた。
「私はアンナ。アスク王国の特務機関の隊長よ!よろしくね、エクラ!」
世界はもう暗くはなかった。
きっと大丈夫だ、その直感に背を押されて歩き出す。道は険しくとも一人ではない。それだけでアンナは前を向いていられた。
「アンナ…、よろしくね」
そう柔らかく微笑んだエクラにアンナの心にまた一つ熱が灯る。
儀式の部屋で二人の少女は出会った。
それはこれから続く長い道のりの序章。
呼ばれたような気がした。
いつも通りの日常。仕事から帰って少しばかりの憩いの時間、友人とのラインや読書やゲームをしてからベッドに潜る。柔らかな布団と髪から漂うシャンプーの香りにほっと体から力が抜けて、いつもならそのまま眠りに落ちるタイミング。
そこで、それを聞いた。
――お願い、
――もう誰も、傷付かなくていいように
女性の声だった。深く願う切実な思いを籠めた声は切なくて、辛そうで。
けれど諦めてはいなかったから、大したことは出来なくても応えたいと思ってしまった。隣で肩を支えて、背中を押して上げるくらいのことはしてあげたいと。
ゆらりとほどける意識で強くそう思ったから、多分それが理由だった。
とぷりと沈む意識。眠りに落ちるように深く潜ってやがて目覚める先を、私は霞む意識の隅で何となく理解しながら意識を手放した。
なんてことはない、確信だった。根拠はなかったけれど、それでも信じるに値するその直感に身を任せる。
きっと、何かが変わる気がした。
そして私は目を開く。
あぁ、夢の続きかと。目の前で膝をつく女性に手を伸ばした。
「泣かないで、」
拭った涙は微かに熱く、触れた肌は滑らかで。
いつの間にか腕に抱えていた白い銃を抱え直して私は彼女と出会った。