来たれ、汝甘き死の時よ

 その行為をするとき、千里は必ず声を殺し苦しげに呻く。快感に流されるのが嫌なのか、色めいた声を聞かれるのが恥ずかしいのか、欲に溺れるのが恐ろしいのか。いくつもの感情に板挟みにされ、花京院に身を委ねようとも決して快楽に身を任せることはしなかった。

 体が強張っていては行為にならないと頭で分かっているのか無理矢理力を抜こうとしつつ嬌声を圧し殺そうとするものだから、吐く息は浅く、しかしゆっくりと、まるで苦痛に耐える怪我人か病人のようであった。
 指先で、爪先でシーツを掻き毟り、握り締める。眉間に深々と皺を刻み込んで、強く強く瞼を押し下げる。頭を枕に押しつけ、白い喉元を相手に晒し、体を捩って快楽を逃がそうとし、無理矢理に息を整え声を潰す。熱のこもった息を絞り出すように吐き出すばかりで涙の一滴も流さない。そのくせ花京院の唇にしがみつき、彼を求める。
 何度花京院がやめようと言っても千里は決して首を縦には振らず、しかし理性を手放そうとはしない。元々持つ鋼のような精神と忍耐力が本能という名の快楽の波をせき止める。なぜそんなにも頑ななのかと花京院が問いかけたところで、彼女が口を開くことはなかった。

 いっそのこと殺してくれと言っているようでもあった。千里が本当にそう言ったわけではなかったが、少なくとも花京院にはそう見えた。
 愛し合う行為であるはずなのに、なぜだか一方的なものに思えた。あけすけに言えば陵辱しているように感じられた。無理矢理組み伏せているような錯覚に襲われた。あのとても強い彼女が自分の下で女となってよがっている。なんとも形容しがたい倒錯感があった。
 しかし千里が拒絶の意を見せたことはなかったから、おそらくそれは陵辱ではない。彼女がいつも受け身であることは否めないが。

 千里が花京院を受け入れつつも頑なに拒むことに理由があるとするならば、それは十数年前に遡る。あの日、あの時、彼女の純潔は外道に散らされた。仲間を信用せずたった一人で敵の本拠地に踏み込んだゆえの代償だったのかもしれない。
 ただ一人、救いの手はなく、人知れず犯され穢され、心を壊され尊厳を踏みにじられ、ただただ人を殺すだけの人形にされた。その姿が彼女にもっともふさわしく、またもっとも美しいとあの男は言っていた。

 それが分かったのはあの戦いのすぐあとのこと、病院での検査によってだった。吸血鬼から無理矢理人間に引き戻された千里は血液から臓器、果ては脳波まで詳しく調べられた。その間彼女は数え切れないほどの管をつけられて昏々と眠り続けていた。
 その中で見つかった彼女の腟部に残された白濁。それの正体など調べずとも明白であり、誰のものかなど尋ねるだけ愚問である。だがそれでもと一縷の望みをかけたDNA検査。結果、ジョセフと血族である男のものだと証明されてしまった。それが残されていたことに喜んだのは一部のマッドサイエンティストだけだ。

 花京院はいつも考える。形がなくなるくらいどろどろに溶かしてしまえば、それこそ何も考えられなくなるまで愛しつくせば、さすがの千里も絆されてくれるだろうか。理性というその高い高い壁を快楽の波で押し流してしまえば泣いて花京院を求めるようになるだろうか。散々に抱いて抱いて抱き潰して、それでもさらに愛を注げば花京院なしでは生きられないと縋って乞うてくれるだろうか。新しい命を授かれば少しは態度を軟化させてくれるだろうか。千里なしでは生きられない花京院と同じように、どろどろに依存してくれればこの上なく嬉しいことに違いない。

 そこまで考えて花京院は首を横に振る。それを千里は望んでいない。花京院が望んでいたとしても彼女が望んでいないのならば、その行為はあの男と同じものに成り下がる。
 だがそれでも花京院は真っ黒な欲望を腹の底に抱き続ける。ひたすらに愛し尽くせば、それだけでなく、薬を盛って、道具を使って、スタンドを使って、朝も夜も時間を忘れるほどに、すべてのことがどうでもよくなるまでに、何も考えられなくなるくらいに、ただただ目の前の快楽に縋るだけの哀れなひとりの女になってくれたならば。

 きっとそれはとても素晴らしいことに違いない。