白亜の城の裾野に広がる広場の東側で大きな爆発音が響いた。それが合図だったのだろう、難民達を取り囲む粛清騎士の一人が大きな音を立てて崩れ落ちる。何事かとその場にいる誰もがそちらへ視線を向けた。
門番を務めるガウェインですら敵から目をそらして見やる先には、兜と鎧の隙間から真っ赤な血を流し倒れ伏す粛清騎士とその傍らに立つ一人の男がいた。
その服装からしてムスリム商人である。他の商人と同じようにクーフィーヤを被っているが、彼だけは口元まで覆い隠して目元しか見せていない。彼の手には短剣が握られており、それで鎧兜の隙間から器用に粛清騎士の首を掻き切ったのだと一部の者は理解した。
周囲の視線を一身に浴びようとも男は構うことなく、敵が我に返る前に二人目の粛清騎士を手にかける。ヘルメットのバイザーを軽く持ち上げて、顎の下を狙って短刀を深々と突き刺した。
その流れる動作のせいか、喉を刺された粛清騎士も己の身に起こったことを把握するまでに少しばかり時間を必要とした。血が噴き出してようやく彼は叫び声をあげた。男に弓矢を奪われていることにも気付いていない。
男が矢をつがえる。遠くで難民に対して剣を振り上げる粛清騎士を鎧ごと射抜いた。間髪入れずに続く二射三射も別々の粛清騎士を射る。
そして四射目がガウェインを狙った。それまでよりもさらに強く弓を引き絞り、満月のようにしなった弓から放たれる一筋は何よりも早く鋭くガウェインの喉元を狙う。
しかしガウェインはそれを難なく斬り落とした。続けざまに自身を狙う矢が飛んでこようとも彼が苦戦することはない。
突然現れた呆然と見つめる立香だったが、ふと男と目があった気がした。しかし男はクーフィーヤで顔の大半を覆っているから気のせいだったかもしれない。
しかしそんな気がしたのは確かで、自分が暴れているうちに離脱しろと言われたようだった。現に粛清騎士を射りながらガウェインを牽制している。味方であるかは不明だが難民達を見殺しにできないという思いと行動は同じであると感じられた。
「マシュ、ダ・ヴィンチちゃん。今のうちに!」
立香の声に二人が振り返り、理由を問わず頷いた。粛清騎士の包囲網の一角はすで崩れている。難民を連れて彼らは走り出した。
それを尻目に男は天に向かって矢を放つ。何か細工をしたのか、金属がぶつかり合う音とまた違った甲高い音が空に鳴り響く。
それを合図としてか難民達が逃げ出した方向とは別の場所で爆発が起きた。喧騒の中に馬の嘶きが混ざり込む。
男は最後の矢で近くの粛清騎士を射抜いてから接近して彼の持つ槍を強奪し、爆発音の発生元へと走る。襲い来る粛清騎士を薙ぎ払いながら逃げ出す難民達を率いる馬上の男に向かって槍を掲げて振れば、僅かに振り返った男が彼に手に振り返した。
男は難民達のしんがりに陣取って粛清騎士達から彼らを守り、ある程度逃げ出したところを見計らって握る槍をガウェインに向かって力任せに投擲した。
微妙に狙いを外していたのか、槍はガウェインの背後に控える粛清騎士の巨体を貫き、そのまま白亜の城壁に串刺した。そして衣服の下に隠していた一振りの三日月刀を抜き、地を蹴って一気にガウェインへ接近する。
ベディヴィエールは逃げ出す難民達のしんがりを務めるつもりでその場に留まっていた。かつて忠誠を誓っていた王の所業に言葉を失い、懐かしき同胞達が敵であることを理解し、心の整理はまったくといっていいほどできていない状態であった。
一方でそれでも立ち止まっていられないことも分かっていた。それまでの恐ろしく長い旅路を思い出せばまだ耐えられる。耐えなければならないと理解していた。
慌てず立香達についていくよう難民達に声をかけながら眼前で繰り広げられるガウェインと男との戦いに息を呑む。男がただのムスリム商人でないことはすでに気付いていた。おそらくガウェインも同様であろう。
己の利害を優先する狐のような者達が多いムスリム商人にしてはあまりにも不利な選択肢ばかりを選んでいるからだ。単騎で粛清騎士達を相手取り、ガウェインまでもを標的に入れて暴れまわるなど武芸に秀でていなければまずできないことである。
考えられるとすれば彼は商人に雇われた護衛であるという可能性だ。聖抜の儀を狩場として集まった商人達が無事聖罰から逃げ出すための盾であり、剣であると推測すれば納得できる。商人の手引きがあれば戦闘要員だと気取られずに聖都に近付くこともできるだろう。
ならば、と難民達の流れを視界の端で見守りながらベディヴィエールは考える。常人とかけ離れた力を持つサーヴァント、しかも王からギフトを賜った騎士に遜色なく相対することのできるものがいるとするならば彼もまたサーヴァントである可能性が高い。どの時代の戦士かは分からないが、サーヴァントゆえに己の正体を隠すため商人の姿に扮していたのだと考えれば納得できる。
ムスリム商人にとってもこれ以上心強い護衛はいないだろう。そして味方になってくれればとてもありがたい存在だ。
その力量があるにも関わらず男はガウェインに勝つつもりがないのか、時間稼ぎだけが目的なのか、上手い具合に攻撃を受け流してちょっかいを出す。
それまで立香達との戦いぶりを見て分析していたのか、常時宝具展開可能なガウェイン相手に真っ正面から斬りかかったと思えばするりと背後に回り込み、宝具の展開を中断させる。
かなりの使い手であるとベティヴィエールでも理解できた。どこか手馴れているようにも見える。
ほんの一瞬、男の視線が敵からそれてベディヴィエールに向けられた。不意に向けられたそれとベティヴィエールの視線が絡み合う。
その瞬間に彼はまさかと呟いた。しかしすでに男の目はガウェインに戻されていてそれ以上のことは分からなかった。だがあの瞳の奥に孕んだ光、隠す気のない悪意と敵意。身に覚えのあるものである。忘れるはずがなかった。今となっては懐かしむべきか、悔いるべきか分からない。
「サー・ガルハール……?」
ベディヴィエールの呟きが聞こえたのか、男が再度彼を見る。間髪入れず男はガウェインの剣を弾き、隠し持っていたらしい短刀をベディヴィエールに投げつけた。
そして隙を与える間もなく踵を返して走り去る。最後に見た琥珀色の双眸は笑っているようだった。