chapter4-5

「ボナセーラ、シニョール。お仕事ご苦労様」

 ドラッグと情欲と血の混ざり合った臭いを纏わせた男をナマエは助手席で迎えた。運転席のドアを開いたまま目を見開いて驚く男とは対照的に、足を組み替える女の瞳は楽しそうに細められる。

「おまえ……」
「帰ろうとしたら駐車場に向かうあなたの姿が見えたから、送ってもらおうかと思って」

 ああ、駅まででいいわよ。そこから先は自分で帰るから。そう曰う女を前にして、その白い喉笛を切り裂けるようリゾットはひっそりとメタリカを発現させた。プロシュートの紹介とはいえ得体の知れない女が自身の車に乗っていたら警戒するなという方が難しい。
 男の動きを目で追いながらリゾットとプロシュートの目的は殺しだったのかと、ナマエは思った。気まぐれであのコインを渡したが、どうやら正解だったらしい。そして自身の両手にこっそりとファウストを発現させる。彼女のスタンドは戦闘向きではない。気を抜いたら殺されてしまいそうな緊迫感を味わいながらナマエは小首を傾げて見せた。

「ほら、帰らないの? 飲み足りないならあいつに言うといいわ。車にワインをしこたま積んでいるから」

 ワインに限らずなんならハムやチーズ、オリーブなど目ぼしい酒のアテも拝借済みだ。要冷蔵だろうがなんだろうがナマエのスタンドの前では関係がない。
 ファウストの能力は触れた対象の変化を止める。ナマエが能力を解除しない限り真夏だろうと何時間もジェラートは溶けないし、真冬だろうといつでも出来立て熱々のピザが食べられる。その対象は決して触れる前から変化をしない。運び屋にはもってこいの能力である。スタンド名は彼女のクズでろくでなしのリーダーが名付けた。「ssei così bello! fermati!」と続けられて思わず殴り飛ばしてしまったが。

 当然そんなことはお首にも出さず、ナマエは警戒心を抱いていないと主張するように言うのだが、リゾットは動かない。警戒を解かない姿はまるで猫のようだ。溜息をついてナマエは足を組み替えた。

「依頼はちゃんとそつなくこなしたでしょ? おまけにオプションだって付けたんだから感謝してほしいものだわ」
「――あのコインはおまえか」
「便利だったでしょう。それに比べたらわたしを駅まで送るのなんて格安だと思うけど?」

 にい、と笑むナマエを前にしてリゾットは深く深く溜息を吐いた。この女の言う通り、あのコインを手に入れたの僥倖だった。予定より簡単に早く暗殺を遂行できた。プロシュートはコインの入手元を頑として言おうとしなかったが、なるほど入手元が彼女だったから言いたくなかったのだろうと見当を付ける。
 プロシュートとナマエの関係はよくわからない。リゾットの手元には断片的な情報しかないが、ビジネスパートナーには見えなかった。同じ髪の色、瞳の色に身内ではないかとも疑ったが、それにしてはあまりにもドライすぎる。

 ほら、とナマエに促され、リゾットは諦めて車に乗りこんだ。ドラッグの臭いとは違う女のオードトワレの香りを嫌が応にも吸い込みながらアクセルを踏み込んだ。