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報告


「三日後、審神者会議があります。」

毎晩の任務報告の際に告げられた主の言葉に、俺の口から出たのはごく当然の言葉で。

「は、お供致します。」
「…そうですか。」

お一人で行かせるわけにはいかない。何せ、主が以前に重傷を負われたのは前回の審神者会議からの帰途だから。数か月に一度ある会議は政府の庁舎で行われ、各本丸に拠点を置いている審神者が一堂に会する。そこで近況報告やらこれからの方針やらを政府の役人から聞いた後、いくつかの集団に分かれて情報交換をする。前回、主はお一人で行かれた。そのたった一度であのような事態に遭われてしまったのだ。これからは俺がお側につく。主が傷つくことは二度とない。

「政府の方からも通達がありました。審神者が外出をする際の男士の護衛を、今後は任意から義務にすると。政府の庁舎へ行くのですから、誤魔化しは利きません。誰かについてきてもらわなければならなかったところです。あなたはこの本丸のことをよく知っているでしょうし、審神者業の代行も散々していたので適任でしょう。」
「ありがたきお言葉。」
「へし切長谷部、お願いします。」
「はっ。拝命致します。」

…この三日間はこれまでの報告書に目を通し直そう。何を聞かれてもいいように、どんな質問にも答えられるように。主の役に立てるように、この俺を選んで正解だったと思ってもらえるように。



「…では、審神者の皆様には割り当てられた部屋に移動していただきます。その後、定刻になりましたらグループリーダーを中心として懇親会を始めてください。」

進行役の言葉に、大勢の審神者が漸次席を立つ。主も流れに乗るように全体で行われていた会場を後にした。広い廊下を目的の部屋に向かって歩いていれば、後ろから知らぬ声が主を引き止めた。

「失礼ですが、加奈嬢ではありませんか?」

呼ばれた名に主が振り返る。そこには薄く笑った男が日本号を連れて、手を伸ばせばすぐにでも触れそうな距離に立っていた。主は相手を知らないご様子だ。反応が鈍く、ごくわずかに眉をひそめられた。

「突然に声をかけてしまい、すみません。」
「はあ…」
「加奈嬢で間違いないですよね?僕、あなたの舞台をよく観に行っていました。引退された時はとても嘆いたものです。」
「…それはどうもありがとうございます。」
「よもや審神者になっていたとは…。ああ、こうしてお話しできる日が来るともは思いもしませんでした。天にも昇る気持ちです。」
「随分と大袈裟なことを…。」
「そんなことない!舞台上のあなたは可憐で華やかで、凛として嫋やかで、歌声も踊る姿も、何もかもが美しかった。いつも主演の隣で寄り添うように立ち、そっと支える姿に夢中になっていました。」

視線を宙に投げ恍惚と語る男に、主は律義に礼を返す。だがいつまでも終わらない様子に、腕にはめている時計へちらりと視線を流された。ああ、主が困っている。そろそろ部屋に移らないとまずい時間なのだろう。俺は男と主の間に半身を入れ、口を開いた。

「お話し中のところ申し訳ありません。」

まずは男の話を止める。

「主、そろそろ移動なさいませんと懇親会に間に合わなくなります。」

それから主の方に体を向け直し促した。

「…へし切長谷部、どいてもらえないかな。加奈嬢と話しているのは僕だ。」
「申し訳ありません。しかしながら、この後の懇親会は全審神者が出席するもの。そちらもそろそろ移動しないとまずいのではないですか?」
「まだ時間はある。そうだろう、日本号?」
「ああ…?まあ、あるっちゃあるが…移動するのにも時間はかかるからなあ。」

護衛の日本号の言葉に男はフンと鼻を鳴らすと、主にニヤリと気色の悪い笑みを向けた。

「…加奈嬢にご忠告致しましょう。へし切長谷部は視野が狭い。このような場に連れてくると融通がきかず、連れてきた審神者が恥をかく。加奈嬢がそのような思いをするのは、僕はかなしいです。」
「…」
「さらに言えば、こういう場にはレア刀と言われる男士を連れてくる方がよいですよ。審神者に箔がつく。加奈嬢の美しさにも磨きがかかるというもので…」
「へし切長谷部は本丸内のことを熟知しているので連れてきました。私を補佐するためには、会議や懇親会の内容を知っておくことも必要だと考えた上でのことです。けれど、ご忠告どうもありがとうございます。」

にこりと微笑まれた主が男に頭を下げられた。はらはらと舞う桜の花弁がその姿を隠してしまう。きょとりと首を傾げられた主は下がってくださいとすぐ側にいた俺を離して、再び男を見やった。

「そろそろ移動しませんか?お声掛けありがとうございました。このような場でファンと言って下さる方にお会いでき、心強く思います。」
「なんの、これくらい。加奈嬢のファンは、引退された今でも僕の他にもたくさんいるはずですよ。あなたの美しさは男も女も関係なく、みんなを魅了してやまないのですから。」
「ありがとうございます。では私達はこれで失礼します。へし切長谷部、行きましょう。」
「は。」

丁寧に辞儀をなさった主の後に続いて懇親会が行われる部屋へ向かう。

「…部屋に入るまでには桜を収めてください。」

ふっと緩まれた口元から聞こえた内容に、逆に量が増えてしまったのは不可抗力だ。



「待たせたな、加奈。」
「いいえ。お疲れ様です、先輩。」

懇親会後。政府の役人から別室へ移動するよう個別に言われた主がそこで待っていると、少しして主が『先輩』と呼ぶ役人が顔を出した。ぱあっと顔を綻ばせた主に優しい目を向けた役人は、対面に座ると金色のカードを机の上に置いた。

「仮のカードと交換だ。」
「…先輩。私は『良』ランクを返上すると言いましたよね?」
「ああ。だから今までお前のカードを預かっていたんだが?」
「では、なんでカードがゴールドのままなんですか?」
「上役会議で一度はな、お前の意向を受けて『可』ランクにダウンすることが決まったんだが…加奈の霊力が高いのは事実だし、あの一件に関してお前に大きな落ち度はないのも事実だ。そう言うことで『良』ランクに据え置きのままに決定し直された。」
「でも、本丸の経営に関しては審神者が全責任を負うんですよね?」
「そうだ。だから二度はない。…そこのへし切長谷部にも言ったがな。」

柔らかかった声に棘が混ざる。主を優しく見つめていた瞳は様子を変え、厳しい眼差しを俺に放った。

「加奈、鍛刀はお前が行えと言ったはずだぞ。」
「はい。あの日から毎日私がしています。」
「お前が顕現した男士と替えていけとも言ったはずだが?」
「はい。」
「まだへし切長谷部は顕現されていないのか?」
「いいえ。」
「…言う事を守れ、とも言ったよな?」
「はい。でも、私は了承の返事をしていません。」
「…」
「『毎日鍛刀を行え』の言葉には『はい』と答えました。だけど『替えていけ』の言葉には『努力します』と答えました。」

役人が険しい表情を主に向けた。本丸に来た時も思ったが、この役人の睨みは背中にひやりとしたものが伝う。持って生まれた威厳とでも言うべきか、たかだか審神者を束ねる人間程度の存在が放てる凄みではない。それなのに、主はにこりと朗らかな顔を見せていた。

「…」
「あの本丸はおばあちゃんが大切にしていた場所です。そこを私の都合で変えたくはありません。」
「加奈。」
「男士達もまた、おばあちゃんが大切にしていた存在ですから…。それに、私を主として認めると男士達から申し出がありました。そうですよね、へし切長谷部。」
「は!」
「加奈、そう言う問題ではない。」
「行うべき審神者の仕事は毎日していますし、正しく報告を送っています。任務達成内容に問題がありましたか?」
「加奈。」
「新たな男士も増えて本丸は賑やかになっています。男士達は決められた当番に進んで取り組み、自主的に他の手伝いもしてくれています。本丸経営に関しても問題はないと思うのですが。」
「加奈!」
「『本丸の決定権は審神者にある』んでしたよね?」
「…」
「先輩に…いえ、内閣府青史省歴史警備庁保安局管理部部長に報告します。当本丸の刀剣男士達は錬度も高く、男士間の連携も深く、審神者の下で精力的に任務に取り組んでいます。私は彼らに政府からの伝達をしているに過ぎず、実際に行動しているのは刀剣男士達です。これまでも十分に成果を上げておりますし、これからも期待を裏切るようなことはないでしょう。よって私は新たに迎える男士のみ顕現し、存在する刀剣男士達はそのままに本丸を経営していく考えです。」
「…桜をしまえ、へし切長谷部。」

それは無理だ。主のあの言葉を聞いて桜が出てこぬ奴などいまい。滲む視界に、溢れ出ているのは桜だけでないと気付く。顔を隠すべく横を向いた俺を役人は鋭い眼差しで観察するように見ていたが、やがて溜息と共にその鋭さを解いた。

「…一度決めたことはおいそれと曲げはしないからな、加奈は。」
「すみません。」
「こちらが折れるしかなさそうだ。」
「ありがとうございます。」
「今のへし切長谷部の様子を見る限りだが、加奈に危害を加えようとすることはなさそうだ。お前が過ごしやすいのなら、その判断も間違ってはいないだろう。」
「はい。」
「お前のお祖母様にあれだけ固執していた刀剣男士達を臣従させたか。『良』ランクに据え置いて正解だな。」
「臣従と言うか…力を貸してもらっているのは私の方です。」
「見事だ、加奈。上役会議で報告しておこう。」
「心配してくれてありがとうございます、先輩。」
「分かっているならこれ以上心配させるなよ?」

苦笑しながらも主のお考えに理解を示した役人が、俺に再度釘をさす。加奈を大事にしろ、加奈を守れ。そんなこと、言われなくても。俺達を大切にしてくれる主であることはとっくに分かっているんだ。主をお守りするは刀剣男士の本望、その主が彼女のような方ならば本望も一層強くなる。守ってみせるさ、心配されるまでもない。


2018/02/25 掲載