本棚

案内 初見 履歴 拍手 返信

演練


「自分を部隊長に置くなんて、加奈はんは何を考えておるのやら。」
「この中では明石が一番経験不足だからです。」
「自分なんかに隊長を任せて、ほんまにええんですか?どうなっても知らんで。」
「明石なら問題ありません。」
「自分、やる気ないのが売りなんですけどなぁ。」
「知っています。頑張ってくださいね。」
「おー、怖。」

隣を歩く自分より頭一つ分小さい主はんに肩を竦めた。粟田口はんのような、もっと言えば乱のような戦闘服を着た彼女は凛々しくもあり、どこぞちぐはぐな感じでもあり。加奈はんが演練場へ足を運ぶんは、今日が初めてらしいんですわ。そないなら自分みたいなやる気のない刀より、長谷部はんや同田貫はんを部隊長に任命すればええのに。長谷部はんなんか悔しそうに睨みつけてきましたやん。自分、代わってもらいたいわ。主はんの考えとる事が分からへん。いや、分かんなくてもええんですけど。

「国行ー、しっかりしろよなー!」
「そーだよ。主さんがせっかく国行を隊長にしたんだからさー。」

国俊と蛍が振り返って自分達を見上げてきた。自分と加奈はんの後ろからは、左文字の次男坊が『貴方のそのぶれない怠惰は、ある意味尊敬しますよ』と気だるげに褒めてくる。

「なーんも期待したらあきまへん。」
「国行っ!」
「今からでも隊長を江雪はんに替えたらどうです?なあ、加奈はん。」
「隊長はあなたですよ、明石。」

真っ直ぐに見つめてくる瞳は揺るぎなくて…こりゃあかん。替える気など、さらっさらですやん。

「…はいはい、分かりましたわ。」

自分の返事を聞くと、主はんはまたにっこりと笑った。ほんま、怖いお人や。その綺麗な顔でどんな命令を下すのやら。実は、少し楽しみでもあった。



重厚な門をくぐった先に係員がいる。いつもは自分らだけなんで主はんから預かった書類を見せれば通れるのだけど、今日は違った。加奈はんが懐から財布のようなものを取り出す。それを開いて小さな金色の板を見せた。係員が機械に通せば、何やらけったいな形をしたものが渡される。受け取った主はんは礼を言うと、指定された場所へ行きましょうと自分らを促した。いくつかある演練場の中で自分らが指定された場所に、同じ場所を使うはずの他本丸部隊がまだいくつか揃っておらんらしい。加奈はんは先に到着しとった審神者はんに挨拶を済ませると、係員に渡されたものを自分の掌に乗せた。

「明石、これを。」
「…何ですの、これ?」
「ヘッドマイクとイヤホンシールですって。耳に着けてください。」
「嫌ですわ。こんな得体のしれんもん…」
「これを通せば、離れていても私の声を聞くことができるんです。明石の声も、これを通して私に聞こえます。着けてください。」
「着け方、知りまへんもん。」
「では、私が着けます。しゃがんでください。」

簡単なのに、と加奈はんが自分の肩を押し下げるように力を入れる。中腰のような姿勢になったと思ったら、耳に主はんの柔らかい指がさわりと触れる。ピクリと反応した自分に、加奈はんが小さく笑った。

「耳、弱いんですか?」
「…覚えときなはれや。」
「すみません。」

クスクスと忍び漏れてますやん、悪いと思っておらんやないですか。分かりやすく出てしまったため息に、加奈はんはもっぺんすみませんと笑いながら謝ってきた。

「けど、ほんまですわ。あんさんの声が耳に直接届くようですわ。」
「…問題なさそうですね。私の方もしっかりと聞こえています。」

同じものをつけた加奈はんが、手で耳を覆うようにしながら小さく頷く。そうこうしているうちに演練相手が揃ったらしい。担当係員から『刀剣男士は演練会場へ、審神者は座席へ移動するように』と案内された。

「訓練であれば…。主、貴方の役に立ちましょう。参りますよ、宗三、お小夜。」
「ええ、兄様。お小夜、行きますよ。主、僕を存分に見せびらかしてください。」
「うん。…主、行ってくる。」
「訓練、訓練!主さん、行ってきまーす!」
「主さん、オレは太刀にも負けねえぜ!」

左文字兄弟も、蛍丸も、国俊も、主はんに己を認めて欲しいんやなあ。あの江雪はんでさえ、主はんに挨拶していきましたわ。

「ほな、行ってきますわ。」
「よろしくお願いします。」
「ま、肩の力抜いていきましょか。」

ゆっくりと会場に向かう。相手はんの刀剣男士はすでに構えていて、国俊と小夜が索敵を行っていた。

「国行、遅いっ!!」
「主はんと話してたんやから、しょうがないやろ。」
「…敵は鶴翼陣だよ。」
「おおきに、小夜。…加奈はん、鶴翼陣やて。」
「では、魚鱗陣で臨みます。統率は下がってしまいますが、威力は上がります。演練ですので多少の無茶は構いませんが、それぞれの限界を見誤らないようしてください。」
「うん、わかりましたわ。」
「審神者が口を出せるのは陣形までです。あとは明石の采配に任せます。」
「えらいこっちゃ。」
「よろしく頼みましたよ、明石。」
「はいはい、よろしくされますわ。」

『自分、やる気ないのが売りですから』と言っているが、主はんに期待されてるんやったら応えたくなる。コキコキと首を鳴らし、己自身を構え…。

「訓練くらい手ぇ抜いても、許されるんと違いますか?」

…おお、怖い顔されてもうた。まあ、どこの刀剣男士も同じやろ。武器である以上、負けたくない。遠戦において自分らは不利や。宗三はんが投石兵、国俊と小夜が弓兵、みな金刀装をつけさせてもらっとるけど絶対数が少ない。できるだけ避けて戦力温存や。白刃戦になれば、自分以外は最高錬度やし問題ないですやろ。相手はんの石切丸はんから戦線崩壊を狙って、蛍が相手はんを一凪ぎできれば。五戦っちゅうのはほんの少しばかしキツいけど、加奈はんが望むんやったらしゃあないわ。陣形を決めるんは、主はんの役目。残りの戦法を決めるんは、隊長の役目。果たしてみせましょ。


2017/12/10 掲載