独眼竜が揶揄う

秀秋様の求める野菜の為に、この奥州の地へ再び足を踏み入れた。野菜の、為に…。

門前払い、ということにはならず城に通してもらえた。なんでも城主が私と会いたいそうで。有り難いが、気が引ける。此方の要件は同盟などではなく、野菜を買い求めたい、というものなのだから。
通された先には独眼竜、伊達政宗公お一人が待ち構えていた。二人きりとは思わなかった、従者の一人くらい控えているものかと。いや、それはそれで緊張するのだが。
頭を下げ挨拶をする。

「お初にお目にかかる、小早川秀秋が家臣、広瀬小百合と申します。此度は…、」
「あー、堅っ苦しいのは無しにしようぜ。あんたとはずっと話してみたかったんだ。」
「、貴方が、私に?」
「ああ、当然だろ?」

何たって小十郎が惚れた女だからな。
にやり、と笑って言った独眼竜。全く予想とかけ離れた事を言われた私は思考が停止し、思わず間抜けな声が出た。

「は?」
「まぁ、小十郎が口に出したわけじゃないが、俺には分かる。というより、喜多が言ってたんだ、間違いねぇぜ。」

あ、姉君殿……。以前会った時、確かにそういった方面の話題を投げ掛けられ、酷く狼狽えてしまった事を今でも覚えいるが、何という…。

「な、何を、そんな浮ついたこと……。あり得ません、彼と私の間でそういう邪推は控えていただきたい。」
「Ah?あんたもそういう小言を言うtype か。こりゃあ、似た者同士ってやつかねぇ…。」
「、っ独眼竜殿!」
「Oh...sorry、ちぃとやり過ぎたか。」

明らかに私を揶揄っている独眼竜に、我慢出来ず話を遮ると、面白そうに目を細めて言う彼。噂に聞く竜の言葉だか何だか知らないがこれで謝っているつもりなのか、誠意を感じない。全く悪いと思ってない顔だ。
思っていたよりずっと、食えない人。

「おっと、機嫌損ねちまったか?ちょっとしたjokeってやつだ。」
「…いえ、まったく気にしていません。」
「Ha!そうかい、なら良かった。」
「……。」
「あんたと話がしたかったってのは冗談じゃねえぜ、本当だ。あん時から、な。」
「、あの時…。」

独眼竜の言うあの時。頭に思い浮かぶはただ一つの出来事。忘れるはずも無い、あの時。

「あんたには、うちの奴らの命を救われた。そんな恩人に礼の一つも言えないままなんざ、cool じゃねえだろ。you see?」
「……、律儀なのですね。しかし、礼を言われる筋合いは有りません。…あの時の私は貴方の敵で、ただ私は貴方の部下に借りを返しただけで…。」
「あんたの都合なんざ知らねえよ。それに、俺自身、世話になったんだ。…確かに松永の野郎は気に食わねぇことこの上ないが、あんたには感謝してる。」

何か礼をさせて欲しい、と言われ困惑する。私の記憶が正しければ、独眼竜はあの時かなりの痛手を負ったはずだ。今でこそ違うが、その軍の者に頭を下げるなんて、成る程、確かにこの人は出来た大将だ。
どこか人を食ったような態度は苦手だが、それとは反対の人を惹きつける清い誠実さを感じる。
しかし私とて、素直に受け入れがたい事情がある。独眼竜や人質を助けたのは、私の彼に対する恩返しで、それにまた礼を返されるとなると、もう話がややこしくなって、きりが無い。
ぐるぐる思考巡らせて、はっ、とする。そうだ、私のここに来た目的は…。

「ならば、野菜をっ。野菜を頂けないでしょうか!」
「……野菜?」
「実は、此度はそれが目的で参ったのです。貴方の右目、片倉小十郎殿が作られた野菜を頂けるのでしたら、これ以上の望みは有りません。」
「ほぉ、小十郎の野菜、ねぇ。偶に来るんだよなぁ、野菜目当ての変わった奴。」

いささか恥ずかしさが募る。まじまじと私を見る独眼竜に、目をそらす。やはり、変わっているのか、野菜を求めて来る人は。ならば私も同類に見られて、いる?

「い、一応、言っておきますが、これは私の主、秀秋様の望みです、ので、」
「Ok、あんたがそれでいいってんなら、構わねぇぜ。…確か以前に小十郎の飯を食ったんだったか?……成る程な。」
「あの、聞いておりますか…?」
「勿論だ。つまり、あんたは……、」

小十郎に胃袋掴まれた、ってことだろ?
機嫌良さげに笑うこの目の前の人に開いた口が塞がらない。全然人の話を聞いていないではないか、この男!頭に血が上って来た。顔が熱いのは、当然怒りで、だ。
いけない、落ち着け。この人は景綱さんの主だぞ。

私を完全に揶揄っている独眼竜に、床に置いた刀を取ろうとする手を必死で抑えながら、何とか引き攣った笑みで否定する。なおも、そう照れるなよ、と絶対何かを勘違いして笑う彼に、頭の中の何かが切れそうになった時、ドタドタと大きな足音を立てて息の切らした竜の右目がやって来たのであった。


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