右目の知らせ

走って来たらしい景綱さんは部屋に入るなり衝撃の情報を私達にもたらした。

「政宗様っ、敵襲です!小早川軍の天海という僧から書状が届き、小早川軍の大将秀秋が直々にこの奥州を喰らいに来る、と。……
…っ、小百合、か?何故お前が此処に…。」

余程急いでいたのか、彼は私を一瞬見たが何事もなく報告を続けた。だが、その後にもう一度私の方を見て、心底驚いた顔をした。要するに、二度見である。私と言えば、彼の突然の登場と聞き捨てならない不穏な報告に愕然とするしかなかった。あの秀秋様が、襲撃なんて、する筈が無い。
この場に置いて、恐らくは最も冷静であろう独眼竜が少し顔をしかめて私に問うた。

「奥州を喰らう、だと?おい、広瀬。此れは喧嘩売られたって事か?」

静かな声だが確実に良いとは言えない感情が伝わってきて、はっとする。弁解をせねば。

「お、お待ちください!何かの間違いでしょう。秀秋様に限って襲撃など、あり得ません。断言します。…か、景綱さん、少しその書状拝見させてもらえないでしょうか?」
「あ、ああ。…いや、待て。お前小早川の下に居たのか?そもそも何時此処に来た?」
「まぁ、あれから色々有り…。あと、此処へは来る前に、一報入れた筈、なのですが。」

この城に来る前に訪問の旨を記した書状を出しておいた。野菜のために伺います、とも言えず目的の不明瞭な粗末な文になってしまったが。しかし、景綱さんには伝わっていなかったのだろうか。

「あー、敢えて口止めしといたんだよ。ちょっとしたsurpriseにしたかったんだが。…ちゃんとあんたの書状は届いてたぜ。渡してやんな、小十郎。」

景綱さんは独眼竜の言葉を聞いて何か言いたげに顔を歪めたが、諦めたのか肩を落とし私に天海殿からの書状を渡してくれた。

読み進めるにつれ、自身の眉間に皺が寄っていくのが分かった。
確かに、書かれている。奥州を喰らう、と。
それだけでなく、秀秋様がまるで、戦場を求める血気盛んな猛将のように書かれている。飢えた金吾、なんて確かに間違っては無いかもしれない、物は言いようというやつか。しかし、此れでは勘違いされても文句は言えない文書だ。天海殿、いろいろと端折りすぎでは無いか。急いでいたのだろうか、字は丁寧で美しいが。

「た、確かに、まるで秀秋様が戦いに来るかのようにも捉えることが出来、無い事も、無いですが、全く違うのです。唯、秀秋様は奥州の野菜を食べたいだけで、どうか、秀秋様に手荒な真似は…、」

しないでもらいたい。と、そう言おうとした時、外から騒がしい声が聞こえてきた。
とても嫌な予感がする。

「これは、一体…?」
「兵達には既に敵襲に備えとけと言ってしまってな…。どうやら小早川が来ちまったらしい。」
「Oh...,bad timing.あんたの大将、運が悪いな。」

随分あっけらかんと言ってくれる。秀秋様がどういうお人か知らないからそんな風に悠長にしてられるんだ。
ああ、秀秋様が危ない。

「秀秋様のもとへ行かねばっ…、御免!」
「って、あんた、こっから飛び降りんのかよ!?」
「っ流石に、無礼が過ぎますか…?しかし、急がねば秀秋様が、」

突然窓の縁に足を掛けた私を独眼竜が止める。確かに無作法だが、緊急時だと大目に見て欲しい。

「此処、結構な高さだが…?」

ああ、そういう。ならば、

「心配は無用です。」

伊達に忍びをしてた訳では無いので。
そう残して、今度こそ窓から飛び降りた。

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